ルパート・スパイラの翻訳記事一覧

 
静寂と愛と理解の伝播

覚醒と自己認識

何かすべきことがあるのか?

行為は行為者の存在を意味するのか?

目覚めるのは誰か?

否定的な感情

教師は必要か?

存在と探求

ルパート・スパイラのインタビュー (Paula Marvelly)

唯一実在する私

師と愛と言葉

放棄すべきものは何か

中毒と気づき

非二元について

非二元とは

アドヴァイタとは

意識とは

気づきとは

現実とは

一体性とは

瞑想とは

唯一の教師

他者の苦しみと向きあう

一瞥の性質

ジャック・オキーフとカール・レンツ SANDヨーロッパ

 
SANDヨーロッパでは、本日程が始まる前に、三日間に渡ってワークショップが開かれた。僕はそのうち三つに出てみた。ルパート・スパイラ、ジャック・オキーフ(Jac O’Keeffe)、カール・レンツ(Karl Renz)だ。

ルパートのワークショップは、いつもの彼の話がいつものように展開されたという感じで、特に思い出すこともないくらいだ。今回強調されていたのは、気づきには二段階あるということで、一段階目は、すべては無、空であり、私も存在していないという認識。二段階目は私はすべてであるという認識。このことを詳しく説明していた気がする。

ウンマニやジェフ・フォスターのワークショップもあったのだが、今回は今まで聞いたことがない人の話を聞きたいと思っていた。だが知らない名前が並んでいたので、この世界に詳しいイギリスの知人に、誰がいいか質問してみた。そうしたら、ジャック・オキーフが面白いのでは、ということだった。

ジャックはアイルランドの女性で、中米か南米に住んでいるらしい。こんな人だ。

Jac O’ Keeffe Born To be Free pt1

本物のジャックは動画で見るよりも若くて綺麗で、休憩中に別の参加者と「Youtubeと全然違うね」と言い合ったくらいだった。

彼女が話していたのは、マインドのトリッキーな性質についてだ。あらゆるものをマインドは自分のものにしようとするが、マインドが見つけることができるものは現実(リアリティ)とは全く関係がなく、それは常にtoo lateなのだ、ということ。そのことを面白いエピソードを交えて生き生きと話していた。

それから、質疑応答の時間には、誰かが何か質問をするたびに、それに直接答えるかわりに、その質問の前提になっている観念を鋭く指摘していた。と言っても、ユーモア混じりなので、厳しい感じはない。笑いには大いに助けられた。

そして、カール・レンツ。ティルヴァンナマライでサットサンをしているという情報から、よくあるパターンだなと敬遠していたし、誰からも彼を薦める言葉を聞いたことがなかった。が、ともかくワークショップに出た。

ドイツの人で、こんな感じ。

Karl Renz – Enlightment in 70 seconds.wmv

カールの話によると、カルロス・カスタネダ全盛の時代に、あらゆるドラッグを試して、意識の違った次元の探究を繰り返したらしい。5年間ほど続けた結果、どんなものを見つけても、どんな認識を得ても、結局把握できるものは〈それ〉ではないという洞察を得たという。

彼のメッセージはいわゆるNeti Neti(これではない、あれではない、という否定の道)で、その強烈版だ。大竹まこと風の露悪的なしゃべりには最初驚いたし、繰り返される下手なおやじギャグには最後まで辟易した。が、トニー・パーソンズを超える妥協の無さで、あらゆる概念、観念を否定し、何の救いも提供しない姿勢は一貫していた。その意味では見事だと思う。でも、また聞きたいかと問われたら、もういいと迷わず答える。

そんなカールだったが、休憩時間中に少し話をしたら、その目は本当に優しかった。まるで我が子を見る母の瞳だった。まったく警戒できない感じだ。それは普通に考えたら矛盾なのだが、たぶんそれは全く矛盾していないのだろう。稀有なあり方だと思った。

ルパート・スパイラのリトリート 2011年10月

 
SANDカンファレンスの後、近辺でルパートのリトリートがあり、参加してきました。ただし六日間フルではなく、三日間のみです。元は全部出る予定だったのですが、日本で用事ができて、三日間だけ参加させてもらいました。

会場は丘の中腹にある展望の素晴らしいリトリートセンターで、敷地内の菜園で作られる野菜を中心にしたとてもおいしい料理が楽しめる場所でした。

空気が綺麗な場所で、夜のミーティングの後に空を見上げると、星々のきらめきは非現実的なまでに鮮やかでした。吸い込まれそうになる、というよりも、既に宇宙に吸い込まれているような浮遊感を味わいました。

ルパートは、現在はイングランドに住んでいますが、ゆくゆくはサンフランシスコの周辺エリアに移って、そちらを中心に活動したいということを食事の時に話していました。

実際にアメリカ西海岸に拠点を移すと、ジャン・クライン(フランスから移住したルパートの師の師)、フランシス・ルシール(同じフランスから移住したルパートの師)に続くことになります。カリフォルニアには何かあるのかな、と思わされます。

今回のリトリートは、話の内容的には同じようなものだろうと思いつつ参加しました。が、そうか!と思わされるような新しい譬え話があったり、これまでに参加したものよりもサイレンスの時間がだいぶ長かったりで、印象は結構異なるものでした。

それから、これまでに別のリトリートで会っていた参加者の人たちと再会したりしたこともあって、休憩時間中にかなりいろいろな話ができたことも、自分にとっては疎外感を味わいがちだったこれまでとは違うことでした。

ただ、リトリートという日常とは違う場で何らかの特別な体験を求めてしまう、という自分の傾向に気づかされたのも確かでした。参加者の誰かがディズニー的なエンターテイメントにもなりかねない、と言っていたのが記憶に残っています。

ただ、無理に止めようとするのも逆に今の自分にとっては不自然なことであり、展開に任せようという気分でいます。