『オープン・シークレット』発売!

 
トニー・パーソンズの新刊が、今日12月15日に発売になった。

「神様のかくれんぼ」のみずほさんはこの原書のファンだそうで、最近の記事(オープン・シークレット)でこう書かれている。

これはトニーが書いた唯一の本です。すごく優しいトーンの本です。シンプルに、淡々と、優しく、私たちの存在の核心、幻想の核心、苦しみの核心を描写しています。

本当にそうで、どちらかといえば過激な表現が目立つ彼の対話集とは違って、かなり抑えられたトーンで語りが進む。笑える部分は皆無。その意味ではトニーの本の中では異質なのだが、この著作だけが改版、改訂を重ねられているというのは面白い。

かなり短い本ということもあって、今回は訳者あとがきを長めに書かせてもらった。トニーの他の本やトークCDからの引用もだいぶ入れて、今までに書いた訳者あとがきのなかでは一番の力作 (少なくとも量的には) 。

それと、前の記事で書くのを忘れていたが、この本のカバーの絵は出版元 (ナチュラルスピリット) の今井社長が自ら描いたものだそうだ。すごく印象的で、一度見たら忘れられない。

ということで、僕の10冊目の訳書になるが、よかったら書店で手にとってみてください。

トニー・パーソンズ『オープン・シークレット』

【おまけ】衝撃的なコーヒーを最近発見した。エチオピアのイルガチェフェやグジの味が好きで、ここ1〜2年くらいはそればかり買っていて、たいていは岡山のONSAYA COFFEEか福岡のオオカミコーヒーのものを通販で入手するのだが、ちょっと浮気して他の店を試してみて、それが大当たりだった。挽くときの香りから冷めたあとの味わいまで、完璧以上の出来で、ここまでの完成度がありえるとは想像していなかった。クリーンで、香りのパワフルさと繊細さが両立していて、何かのエネルギーが身体をゆっくりと満たす。しかも価格は相当良心的。大規模な焙煎所ではないようで、今年の分が売り切れたら困るから大声では知らせたくないなあと自分のなかのケチなおっちゃんが心配しているが、コーヒー好きな人に知らせたくなった。こちら (とっくに知ってるよ!という人、どうもすみません) 。「ああ、自分もいい仕事がしたい!」と飲むたびに思う。

トニー・パーソンズ『オープン・シークレット』発売告知

 
『オープン・シークレット』(トニー・パーソンズ著) の発売日が12月15日に決まったようだ。

オープン・シークレット

原著のThe Open Secretはかなり短めの本で、1995年に刊行されている。書き始めた当時、トニーには「解放」はまだ起こっていなくて、本が発売され、小さなトークの会を開いているうちにそれは起こったらしい (起こることではないが)。

彼の他の書籍とは違い、対話をまとめたものではなく、すべてトニーが自分で書いた文章が詰まっている。だからなのか、彼のいつものリアクション的な毒舌はどこにも見られず、わりと静かな感じで語りが展開する。

「(会場爆笑)」みたいなノリの良さとはほぼ無縁で、トニーのミーティングの雰囲気があまり出ていない気がして、僕としては一番好きな本とは言えなかった。だが、「けっこう残るなあ」と、今回翻訳をしながら感じた。

何が残るのだろうか。何かの余韻のような、懐かしさのような。決して強烈ではないが、深く染み渡っていることに気づく。

それと、この本はこの分野ではちょっと珍しいハードカバーだ。本文の紙も少し分厚い。ちなみに英国で出されているトニーの書籍のカバーには、ジョン・ミラーという画家の作品が使われている。派手さはないが、静かに印象に残る。今回の日本語版のカバーはハッとするような油絵だが、これはジョン・ミラー作品ではない。誰が描いたものでしょうか? (ヒント: 出版社)

ということで、『何でもないものがあらゆるものである』とは少し違った感じで読める本だから、トニーが好きな人、興味がある人はぜひ。

『オープン・シークレット』(Amazon)

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【おまけ】最近再び注目を浴びている(?)『ただそのままでいるための超簡約指南』を、pariさんが再読されたそうで、メルマガで取り上げていた。感謝。
『アセンション館通信』――ジェニファー・マシューズ再読

【おまけ2】このブログで継続的によく読まれているのが、じつはジョン・シャーマン関連の記事。彼のメソッドをごく最近やってみたという人のブログを発見。12月4日開始の「人体実験」シリーズ。
テキトーエレガンス

その一歩、交通整理、セラピー

 
しばらく前まで、トニー・パーソンズのThe Open Secretという書籍の翻訳をしていた。彼の本はそのほとんどが対話の記録だが、これは書かれたもので、短いエッセイが集められている。

トニー・パーソンズというと、「私はいない」「何も起こっていない」というのがメッセージの核心であるようにも聞こえるが、どうなのだろう。

《それ》はどこか別のところにある超越的な何かじゃない。この部屋から出るときの君の一歩がまさに《それ》なんだよ。その一歩がね。

ミーティングでトニーがそんなふうに言っていたことがあった。

その言葉を聞いた瞬間、仕事のことで頭がいっぱいになっていたあるとき、小さな息子が何か話したそうな雰囲気で近づいてきたのに、顔も見ずに「ちょっと忙しいから、またあとでね」と言ってしまったときの感じを思い出して、泣けた。

よそで探してしまうことの哀しさ。呼びかけへの鈍感さ、見逃し、後回しという罪。

「私はいない」「非二元」は何かの方便であって、「ほら、これなんだよ、ちゃんと見てよ」という単純な訴えがトニーのメッセージの中心なのではないだろうか。どうだろう。

ところで、だいぶ前のことになるが、高木悠鼓さんが出された『動物園から神の王国へ ― サルの惑星のような星で、平和に生きるために』という本を読んだ。

『人をめぐる冒険』が気に入っている人であれば、間違いなく楽しく読めると思う。僕はリチャード・ドーキンスや竹内久美子的な整理の仕方はあまり好きではないから、第一部はそれほど楽しめなかったのだが、第二部が大当たりだった。

第二部「サルの壁 人の壁」の一章「知性の7段階」は目ウロコそのもので、高木さんの洞察に唸った。非二元の認識を得ているはずのグル同士の対立がなぜ起こるのか、感じが悪い人が一瞥をするとさらに感じが悪くなるのはなぜなのか、一見矛盾した行動を平気でとれる人がいるのはなぜなのか、といった僕の抱えていた疑問にすっきりと答えている。

自分自身についても、何かに開かれるような経験が起こったあとで、条件付けがどことなく強まったり、何かに戻されるような現象が増えたりすることに不快感を感じることがたまにあったのだが、そういう動きについてもだいぶ納得した。

洞察の鋭さが光りまくっている本で、読んでいると「イタタタタ」という部分も多いから、全部が愉快かというとそうでもないが (それにここまで鋭く見られていると思うと、つぎにお会いするのが怖くなる 笑)、『人をめぐる冒険』でもそうだったように確実に楽になった。

それと同時に気づいたのは、こうした「交通整理」を非常にありがたく思う反面、そういうものを全部投げ出したいという気持ちもどこかにあるということ。

なんでしょうね。整理されずに (自分でも整理せずに)、無条件に受け入れられたいという気持ちが強く残っている気がする。自分とは何であるかを一度見るだけで解消するような話ではなく、心理的なセラピーの出番なのかもしれない。(などと考えるのは、「知性の7段階」を読んだ影響もありそう)

トニーは普段は心理的なセラピーを全否定しているが、The Open Secretでは意外なことに自分とセラピーの関わりについてけっこう書いている。非二元云々は抜きにして、その部分はけっこう面白かったです。