四種盛り

 
恒例行事のように、夏になると探求のエネルギーがどこかに消える。今年も例外ではなく、非二元うんたらにはすっかり興味を失っていた。

そして、これも毎年のことだが、秋の涼しい風が吹き始めると少し戻ってくる。巨大な太陽フレアが話題になっているが、それと同じように大きな自然とかエネルギーに動かされている、というか、自分も大きな自然そのものなんだろうと思う。

で、そんなことを考えていたら、ふたつのニュースが舞い込んできた。

(1) ドリームバスの第二弾

Who’s Driving The Dreambus? (邦題「誰が夢のバスを運転している?」) を制作したボリス・ヤンシュから、シリーズ二作目完成のメールが届いた。

Being Here – A beginner’s guide to non-duality (ここにいるということ ― 初心者のための非二元入門) というタイトルで、ここでトレーラーを観られる (Vimeo)

早速Vimeoで購入してみた。まだ最初しか観ていないが、どうだろう。一作目は作りすぎというか、出演者やメッセージには興味があったものの、なんか疲れる感じがして一度だけしか観なかった記憶がある。

今回は、ボリスの探求がいつの間にか終わったようで、探求が終了してから後のことについて、彼の友人のチャールズ・ターリーと対話をしたり、トニー・パーソンズやリチャード・シルベスターを訪ねたりする様子をフィルムにしている。一種のロード・ムービーだが、チャールズがいい感じにとぼけていて、一作目の「追究」感が薄れ、かなりレイドバックな印象。

ところで余談だが、僕は「探求の終わり」というものを最近信じなくなった。ジョーン・トリフソンがずっと言ってたのに今ごろ? という気もするが、「終わった」と主張する人は冗談かインチキのどちらか。

(2) フィリップ・ルナールさんの英語の本

フィリップ・ルナールさんに会いにオランダに行ったのは去年のことだが (そのときの記事)、その彼の ‘I’ is a Door という本が英語で出版された。元はオランダ語で書かれたもの。日本では電子版のみ販売中。

‘I’ is a Door: The essence of Advaita as taught by Ramana Maharshi, Atmananda & Nisargadatta Maharaj (Amazon Kindle)

ラマナ・マハルシ、アートマナンダ、ニサルガダッタ・マハラジの教えに共通のエッセンスについて、独自の切り口から論じている。こういう本はあるようでない。

このふたつで探求モードが復活するのかどうか。

それから、このあいだメールフォームのメールが数ヶ月届いていなかったことに気づいた際に読んだメールのなかに、ブログについて知らせてくれるものがふたつあった。まだちゃんとは目を通していないけれども、日本語ということで紹介 (上のふたつの情報は英語だけなので)。

(1) 自我のトリセツ (ハランさん)
(2) ノンデュアリティを生きる♫ (剛さん)

そして、紹介ついでに最近テレビで見てめちゃくちゃ笑ったもの。(すでに消えていたらすみません)

(1) 地獄のピエロ (Youtube)
(2) チョコプラ 密室ゲーム (Youtube / テレビで見たのは少し違う新バージョン)

最後に、これから訳そうと思っている記事の予告。予告しておかないとサボりそうなので。

(1) ジョーイ・ロットのLeap
シンプルでパワフルなジョーイ節。主題はいろいろだが、彼の表現はつねに同じところを指している。

(2) イローナのDeep Looking
Liberation Unleashedのイローナの心理的なメソッド。事例がストレートに入ってくる。非二元とは直接は関係なさそうだが、深く関係しているのかもしれない。

おわりです。

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