『カシミールの非二元ヨーガ』発売日

 
ビリー・ドイルの Yoga In The Kashmir Tradition の邦訳の発売日が2017年8月18日に決まったようで、Amazonで予約可能になっている。


『カシミールの非二元ヨーガ ― 聴くという技法』

最近思うのが、目覚めが部分的なものに留まっている場合、そこにはいくつか欠けているものがあるということだ。それは、自然とのつながり(自然としての自分の認識)、明け渡し、他者とのかかわり、それから身体の解放ではないかと感じる。

そして、それが欠けていないとき、覚醒だの非二元だのは既にどうでもよくなっている気がする。逆に言えば、目覚めや悟りといったことが気になってしまうのは、そうしたものが欠けていることを教えてくれているのではないか。

自然とのつながりについては、通常考えられている以上に重要であるという印象がこのところ強くなっている。アマゾン流域ではそこに生息する何百万種もの虫や微生物や小動物が発するそれぞれの振動が人間に究極の癒しをもたらす、といった説を聞いたこともあるが、それよりもずっと直感的なものだ。

明け渡しについては、超越者という表現を使うのが妥当かどうかはわからないが (「真の自己」でもいいかもしれない)、そうした何かに明け渡すことは欠かせないと思う。ただし、明け渡しはもし起こったらそれは恩寵であって、自分で無理にするようなことでないのはたしか。

他者とのかかわりに関しては、自分でもよくわかっていない。独りで山にこもって得る悟りは途中までしか行かないんじゃないかという気がするのと、最近、人と深く共感するという経験をしたときに自分が溶けるような感じがあって衝撃的だったのとで、重要な要素としてすごく気になっている。

それから、身体の解放。20代のころ、別冊宝島か何かのボディワークの本でロルフィングについて読んだときに、筋膜の緊張を解除すると過去からの感情的なしこりにも深い影響が及ぶという点がとても印象的だった。それが本当なら、たとえばバイロン・ケイティのワークを徹底的に進めたとしても、どこかで限界に突き当たってもおかしくない。逆に、フォーカシングで心理的なワークをすることで慢性的な身体症状が一瞬で消えるという例も聞いたことがあるが、いずれにしても、「身体は存在していない」の一言で片付けようとしても、そうはいかないのは間違いない。

身体のワークを長く追究してきた人の場合、目覚めたあとの「行ったり来たり」や「また戻ってうんざり」が比較的少ないという話も聞く。インドのハタヨガにも、そういうことに備える準備的な意味がもともとあるという説も目にしたことがある。

それと、身体の解放は、自然とのつながりや明け渡し、他者とのかかわりといった他の部分にも密接に関わってくる要素だという気がする。

と、勝手な独り言が長くなってしまったが、今回のビリー・ドイルの本は、ジャン・クラインの教えのうち身体に関する部分を中心にまとめたもので、「身体は概念としてしか存在していない」という非二元の教えと「身体の緊張が事実を見えなくさせている」というボディワークの成果が高度に融合している。思想的にはかなり難解なのかもしれないが、本で提案されているアーサナや呼吸法はそれほど難しいものではなく、誰にでも取り組めるものだと思う。アクロバティックなものは皆無だ。

加工食品はできるだけ避けた方がいい、といったジャン・クラインの実践的アドバイスも含まれていて、トニー・パーソンズ系のメッセージとはだいぶ趣が異なっている。

ヨーガをかなり究めている人にもおそらく面白い本になりそうで、パラパラと眺めてもらえたらと思う。ヨーガをする気がまったくない人にも (自分?)、ジャン・クラインの教えのエッセンスがまとまっている本として、おすすめです。

『カシミールの非二元ヨーガ ― 聴くという技法』 (ビリー・ドイル)

関連記事: ビリー・ドイルのアプローチ (2016年5月10日)

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