最近読んで感動したもの三選

 
ここ数日のあいだに、すごくいい記事に三つも出会った。ブログ記事ふたつとメルマガひとつ。どれも更新されたらすぐに読むものばかりだが、今週読ませてもらったものは本当にすごく良かった。

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ダグラス・ハーディング(2)To Be and not to be, that is the answer. (シンプル堂の日々)

高木さんのブログは同じ記事を読み返すことが多いのだが、この記事も何度も読んでいる。そのたびに幸せな気分が味わえる。幸せを感じるのは、長年のダグラス愛がものすごい直球で表現されているからだろうか。こういうのはじつにうらやましいなあ、と率直に思う。

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愛の出し惜しみ (神様のかくれんぼ)

それほど更新頻度は高くないが、書かれる記事はいつも濃い。まっすぐに濃い。そして濃いけれども恐ろしくクリーンだ。すごく爽やかなのに、じわりと味わい深い。この記事もそうで、その潔さ、信頼、愛に素直に打たれてしまう。以前は、変な混じり気みたいなものがどっかにないかなあ、とついつい批評家的な目線で読もうとしていたのだが (これは誰のものを読むときも同じ)、そういう抵抗もいつのまにか解除されている。

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『アセンション館通信』2016/06/26 (第637号)

最近のpariさんのメルマガはとてもパワフルで、日曜朝の楽しみになっている。先々週は届いてすぐに釣り場で携帯で読み始めて、隣のおじさんから「ちょ、ほら、ウキ!」と指摘されるほど熱中してしまった。今回の号では、この部分がいまの自分には響いた。

もう観念に真実や喜びを感じようにも、

それは完全に不可能になってしまったからです。

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 ここで語られた真理は不動の、
 永遠のものだ。
 そしてその証拠は聞き手のなかに、
 彼の存在全体における
 深い永続的な変化のなかにあるのだ。
 彼自身の自己の存在を疑わないかぎり、
 その証拠は彼が疑えるようなものではない。
 わたしの体験があなた自身の体験となったとき、
 それ以上の証拠をあなたは求めるだろうか?

 『私は在る』(p376) http://tinyurl.com/s747u
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驚くべきことに、

これがまったくそのとおりなのです。

もう、どんな観念にも

真理の証を求めることなどできなくなってしまいました。

これこそが真理だ、真実だと思ったことが

すべてつかの間の風景にすぎないことが

自明になってしまったのです。

この部分を読んだとき、妙にドキッとしたのはなぜだろう。

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あとこれは別の話だが、スピリチュアルTVのテディさんが亡くなったということをひきのエフェクトのブログで知った。スピリチュアルTVの番組そのものは、たぶん溝口あゆかさんが登場した回を10分程度見たことがあるくらいで、ほとんど縁がなかった。ご本人と接したこともない。

でも最近叔母 (といっても歳はあまり離れていない) の葬儀があったばかりで、死について考えることが普段よりも多くなっていたからか、そうか、死んじゃったのか、と自分のどこかがショックを受けた。誕生も死もないというのはたしかに事実なのかもしれないが、ひとりの人間が何もなかったように消えてしまって、それでも世界がそのまま進行していくその不思議さのほうにリアリティを感じる昨今。

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