ある文章のこと

 
前の記事で落ち込みについて触れたところ、何人かの方から心配のメールをもらってしまった。申し訳ないかぎりです。

ちょっと前まで落ち込んでいたということ自体は、じつはどちらかと言えばどうでもよく、ある文章がきっかけになって始まり、今もなんとなく続いている混乱 (としか言えない) のことがたぶん本題だった。

その文章は、遠い国のある人から数ヶ月前に送られてきたもので、僕の知る範囲では未発表。公表を前提に書かれたものであることはたしかに思えるけれども、公開の予定があるのかどうかは知らない。

(と、ここまで書いてきて、どうしてこんなにもったいぶった書き方になるのか自分でも妙な感じがする。ともかくそうなっている)

とりあえずは、その文章の内容をかいつまんで紹介してみようと思う。

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・70年代の後半にJ・クリシュナムルティの教えに出会った。彼の教えには頭のレベルではとても惹かれたが、当時感じていた何かが欠けているような感覚が満たされることはなかった。自由とは将来のいつかに自分に起こるかもしれない何かなのだ、と誤って理解していたせいかもしれない。

・そのころに、死ぬのは何なのか、何が死ぬのか?という問いが大きくなり、ダグラス・ハーディングの教えを知った。だが、ハーディングの言っていることとクリシュナムルティの教えを知的に整合させようとしただけでそのときは終わり、問いの答えは見つからなかった。

・90年代初めに、妻の重病を機にふたたびハーディングの『今ここに、死と不死を見る』を読んだり、さまざまなサットサン教師の教えに接したりしはじめた。90年代半ばにはハーディングを自国に招いてリトリートをおこなったり、英国の彼の家を訪ねたりもした。だが、分離感も「自分」がいるという感覚もそのままだった。

・同じころにバイロン・ケイティのワークを知り、彼女のリトリートに参加したが、そのとき何かが起こった。解放感が数週間続き、そのあと「自分」が戻ってきた。外側に世界が存在しているという感覚もそのままだった。

・2000年代の初めにはスティーブン・ハリソンの教えに出会い、マインドは単なる概念にすぎないことがわかった。それでも外側の世界と「自分」との区別は残った。

・2000年代のなかばにピーター・ジウバンの本を読み、自分は〈意識〉以外のものではありえないことを理解した。でも、その理解は単なる信念にすぎないのではないか?という疑いが起こった。その疑いは、グレッグ・グッドの本に出会ったときに概念的には解消したが、内と外に違いがあるという感覚は根強く残っていた。

・2000年代の後半に自分が突然消えるという体験をした。そのときに、誰が目覚めるのか、「自分」という感覚がどこから出てくるのかがわかった。それでも、かすかな二元性の感覚、存在の不安、恐れが消えることはなかった。そして、探求も終わらなかった。

・2010年代になって、あるテクニックのことを知り、それをやってみたところ、無限の至福の空間の中に投げ出されて一週間そのままになるという経験をした。恐れと不安は落ちた。あると思っていた二元性がはじめからなかったことに気づいた。

・その後、仕事上の困難や家族の病気をきっかけに健康が悪化し、感情的にも不安定になった。そのころ、世界の性質、認識の性質についていくつかのことが腑に落ちた。

・2014年になって、それまでは近づかなかったトニー・パーソンズの本、そしてトニーに似たメッセージをたくさん読んだ。それによって健康状態はさらに悪化し、何もできなくなった。数週間それが続いたあと「覚醒」が二度起こった。自分がそれまでに理解したと思っていたことがじつは非二元とはまったく無関係だったことがわかった。

・今これを書いている時点で、ふるまいも反応の起こり方も以前と変わらないが、それは誰のものでもない。意識のありかを見つけることはできない。すべてのもの、あらゆる場所が意識だからだ。それに時間は存在しないということもはっきりしている以上、すべてのものとかあらゆる場所といったものが実際は存在しないことも明白だ。

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これを読んだ僕は、「よくある目覚め話だよなあ」と思いつつも、「あるテクニック」のくだりに興味を惹かれ、調べてみた。それについては、つぎの記事で (たぶん)。

あと、予想していたことではあるけれど、こうしてここに書かれていることはまったく関係ない他のものになっている、という感覚が強い。何かについて書いているはずなのに、ほとんど無関係なことにしか見えない。交わる感じがしない。

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