究極の親密さ ナタリー・グレイ

 
アメリカにロバート・ウルフという人がいて、非二元の本を何冊も書いている (ちゃんと読んだことはないけど)。そのロバートの周辺で目覚めた人たち6人がインタビューされているフィルムがある。

“Living Nonduality”– The Film

これに出てくるうちのひとり、ナタリー・グレイという女性はプロのナレーターで、探求を25年以上続けていた人。ロバートに会ったあと、2010年に探求が終わったらしい。目覚めのあと、BatGapでもインタビューされている。

Natalie Gray – Buddha at the Gas Pump Interview


 
このインタビューはけっこう好きで、何度も見ている。目覚めから時間が経っていない生々しさが出ているし、フランクでまったく特別さがない感じがとても好ましい。

その中で、特に好きな部分を訳してみた (51分のあたりから)。

== 以下、訳 ==

目的ということについては、私は今ではそれほど気にしなくなっています。これはどういう理由で起こっているんだろう、とかそういうことは。

人生の目的を見つけよう、天命を見いだそう、自分の道を探そう、といったことについて語られることは最近とても多いですよね。そのことに反対するわけではありません。私も自分の人生の目的は何なのだろうということをつきとめようとして、時間と労力と気持ちを注ぎ込んできました。実際にはそんなものはないのに。

自分には何か目的があるんだという点に意識を集中すると、生を無駄にします。目の前でつねに起こっている生の経験を失ってしまうんです。ちょっと堅苦しい言い方になっているかしらね。

(言い方を変えると、) そうですね、この見方 (訳注: 非二元的な見方) に関して素晴らしいことのひとつは、親密さというものがまったく違う性質を帯びて意識されるようになるという点です。

どういうことかと言うと、それ自体、(身体を指しながら) このかたちと、それ以上はないというほど親密になるんです。それ自体をそのかたちの中で経験しながら、それ自体に話しかけています。お互いに死にものぐるいで認識をやりとりしながら。

飲み物が飲まれているときのマグカップとしてそれ自体を経験し、飲まれているコーヒー、それもそれ自体ですが、そうやってそれ自体を経験し、それから、コーヒーをいま飲んでいるという経験としてのそれ自体を経験しているんです。

本当に、これ以上親密になんてなりようがありません。(マグカップを持ちながら) これは… (詰まる)。これはひとつの経験なんです。私はまさにマグカップであり、(顔に触れながら)これであり、(何かを指しながら)それであり、キーボードであり、そしてそれをこうやって経験しているとき、そこでは何か他のものなんてまったく必要ありません。なぜなら、私は他のものすべてでもあるからです。そして、ここでこれが起こっているというそのこと以上の他の目的なんて何も必要ありません。

ですから、私が自分の人生の目的、「ナタリーの人生の目的」を見つけようとすると、そのときに経験するのは、毎瞬毎瞬の目的、つまり今まさにすでにここに現れていることを見失ってしまうということです。一瞬、一瞬、それは私たちに与えられています。「すべては毎瞬ここにある。すべては私たちに与えられている」という言葉がありますが、そうなんです。

ただ、そのことを見落としてしまうとしても、それはそれでOKです。そうなるべくしてそうなっているということですから。

でも見落とさないとしたら、こんな感じです。「なんなの、これは! すごい!」

== 訳は以上 ==

マグを見ながら一瞬詰まる部分 (52:42あたり) が特にいい。ジェフ・フォスターの初期のインタビューを思い出す感じ。

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究極の親密さ ナタリー・グレイ」への6件のフィードバック

  1. ヒロさん、こんにちは

    非二元界隈でよく使われている『親密さ(intimacy)』という言葉、普段自分では使わないので何を示しているのかよくわからなかったのですが、このインタビューを読んでようやくニュアンスの尻尾辺りが掴めた気がします。

    指先を滑り込ませた手袋が手にぴったりと、まるで第二の皮膚の様に密着し一体化している感じ、でしょうか?

    う〜ん、やっぱりわかったようなわからないような。。

    ヒロさんはどんな風に受け取られていますか?

  2. inglewolfさん、こんにちは。

    たしかにintimacyという言葉はよく聞きますよね。過去の記憶をもとに「あれがintimacyじゃないかな」という感じで考えたりもするのですが、たぶんそれよりも、ジョーイ・ロットが至福に関する文章で言っていたことに近いことのような気がします。

    「わかった」とか「これかな」と思っているようなときは、それはよく言われているところのintimacyとは関係なくなっているのではないかと思います。ただそれと同時に、intimacyとは関係ないものを示せ、と言われれば、そんなことはまったく不可能な気もしてきます。

    と言っても、結局僕にとっては、ナタリーがマグカップを見ながら詰まる瞬間のあれがすべてです。自分がどう受け取っているかということには全然関心がなかったりするので、すみません(笑)

  3. ヒロさん、こんにちは。

    いい表情ですね~「どう言ったらいいの~!」みたいな(笑)
    ボクは英語もできないのに海外の先生の動画をよく観るんですけど、中でも好きなのがロバート・ウルフさんなんです。普通のおじさんっぽいところがホントいいし、お金の匂いが全然しないところも好きで、なによりあの落ち着いた雰囲気(エネルギー)に触れると自分がゆるむんですよね(なに言ってるかわからないくせに笑)
    で、今書いていて気づいたんですけど、やっぱりボクにとっては先生が好きかどうかって重要で、好きな先生の話じゃないと自分は聞き入れないんだなと思いました。

    ということで私の大好きな先生の一人ジョーイ・ロットの「これのこと」読みした!まさにこれのことばかりがダイレクトパスされていて、読んでいる最中に「これ」の真っ只中に入ってしまう、そんな感じでした。グレッグもダグラスも大好きだけど「これのこと」は今現在ボクの一番のお気に入りになっています。
    いつも素敵な本をありがとうございます!今日もまとまりのないコメントで失礼いたしました。(いい歳こいて好き好きを多用したこともおゆるしください笑)

  4. tetsuyaさん、こんにちは。

    ロバート・ウルフとは渋い。まったく普通で、セクシーなところ (ガンガジとかアジャシャンティやムージみたいにちょっと投影を許すところ) が全然なくて、これでいいの?という感じがするほどの見た目で、心配になるほどお金の匂いはありませんね。インタビューを聞いていたら、PCも持っていないそうで、あれだけ分厚い本をタイプライターで?とびっくりしました。

    『これのこと』、読んでいただいてありがとうございます。気に入っていただいて嬉しいです。ジョーイも心配になるほどお金の匂いがしないので、それなりの印税を払えるといいなと思っています (そういうことはどうでもいい、日本の人たちに読んでもらえるだけで最高だよ、ということでしたが)。

  5. ヒロさん、こんにちは。お久しぶりです。
    北秋津です。覚えてらっしゃいますか?(高木さんと結構ご近所なんですよ~って言ってた。)
    ナタリーさんのこのインタビュー、私も前から好きだったので、ヒロさんのブログで取り上げられているのをみて嬉しくなってついコメントしちゃいました。

    私も彼女が一瞬言葉に詰まるあのシーン、好きです。

  6. 北秋津さん、コメントありがとうございます。もちろん覚えてます。

    この人の空気感は好きで、電車に乗るたびにこのインタビューをよく聴いています (リックがトンチンカンなコメントをしているときは意識を他に向けつつ)。

    たぶん今だったらちょっと違う感じでしゃべるのかもとは思いますが、この生々しい感じはやっぱりいいですよね。目覚めてすぐに「先生しゃべり」ができる人って逆に何なんだ?とか思ってしまいます。

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