アートのこと

 
ミナトさんのブログ記事「 探求 」の舞台裏その続編を読んで、また感動してしまった。的確なのはもちろんのこと、リラックスした雰囲気にあふれていて、ガードが自然に解ける。もはやひとつのアート。

ダグラス・ハーディングの指差しをしたり、グレッグ・グッドの実験をしたりするとき、「自分」と敵対するものが何かありえるという感覚はそこにはない。今ここにあるべきではないものがあるという違和感もない。探求が起こっていてはだめなんだという判断も出てこない。その自由さは心地いい。

その同じ心地よさが自然に感じられるところ、どこかに「正しさ」があるとか、あるということ以外に何かすべきことがあるという感じをまるで受けないところは、ミナトさんの表現の素晴らしさのひとつだと思う。

非二元のいろんな表現に触れてきたけど、「すべきことはない=瞑想もヨガもしてはいけない」というニュアンスが出てしまっているものがわりと多い中で、これは非常にレア。この出会いのことを考えると、天に向かって (あるいは目の前にあるものに向かって) 「ありがとう!」と感謝したくなる。

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しばらく前に、カンマーフィルハーモニーのコンサートをNHKで見た。クラシックのことは全然わからないものの、たまに日曜21時の枠を見ることがある。「今日はドイツのオーケストラかあ。美人がいるなあ」とぼんやりと見はじめたら、夢中になってしまった。

曲のことも全然知らないから、演奏の良し悪しはまったく判断できない。でも、パーヴォ・ヤルヴィという指揮者も素晴らしく (あとで調べたら世界的に有名らしい)、メンバーそれぞれの動きや表情も魅惑的で、2時間があっという間だった。

そこで感じたのは、健全な自意識と磨きぬかれた技術のバランスが生み出す個性のぶつかりあい、決してぶつかっていないのに見事にぶつかっている気持ちよさ。ものごとを極めた人たちには独特の重さがあるような気がしていたけれど、そのコンサートでは、明け渡しの爽やかさのようなものが印象的だった。

つぎの来日時にはぜひ聴きに行きたい。

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清里にあった増田珈琲館が閉店してしまい、コーヒー豆を買う店を開拓中。練馬のさかい珈琲が基本的には好きだけど、ちょっと他も試したくなっている。

それで通販でいくつかのお店から買ってみた結果、ひとつ当たりを見つけた。岡山のONSAYA COFFEE。エチオピアのイルガチャフェの浅煎りは、これまで買ったどの店のものよりも上質だった。まだ一度だけだから、焙煎の安定度は判断できない (店によってはけっこうバラつきが目立つところもある) 。でも、一度でも十分なくらい、おいしい。

パッケージもしゃれていて、けっこういい。焙煎日が記入してあるのも親切で良心的。そこも含めてアートを感じる。

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最後に、もろアートの話。本の装丁やイラストで有名な寄藤文平さんという人がいて (絵は見ていたけど、名前は最近知った) 、その人の『絵と言葉の一研究 「わかりやすい」デザインを考える』という本を読んだ。

かなり面白い。そうか!と思ったのは、「マオ的/ヨナ的」のくだり。キム・ヨナが金メダルをとったオリンピックでの浅田真央とキム・ヨナの違いをたとえに使ったもので、難解なラフマニノフの曲を選んだ浅田真央は芸術の追求を志向していたのに対して、キム・ヨナは観客と審査員に向けた演技という一点に集中していたという話。どちらがいいということではなく、どんなデザインをするときでもその「マオ的」対「ヨナ的」のせめぎあいがあるという。

ひとりの人間の中でマオ的とヨナ的がうまく同居するのは普通は難しいはずで、デザイナーという人種はそういう難しいことを (しかもときには短納期で) しているのか、と面白かった。

ジョーイ・ロットの翻訳本『これのこと』は、本文組みや用紙の選択なども含めて、すべてひとりのデザイナーさんにお任せした。マオ/ヨナ比はどのくらいになっているんだろう? ちょっと聞いてみたい気もする。(と、最後はちょっと宣伝くさいですね)

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アートのこと」への3件のフィードバック

  1. はじめまして、私はブログの「この世界で知っておくべき、たった一つのこと。」の紹介記事から来ました。ヤルヴィさんのことを書いてあって嬉しくなってコメントしたいと思いました。私はクラシック音楽のコンサートに行くのが好きで、特に有名な指揮者のコンサートはかなり足を運びます。自分に知識や演奏の技術はないのですが、実際にその場で観ることがとても好きです。好きな理由は言葉にできないのですが、とにかく魅力的で今回の記事で「おー!そうそう(笑)」と共感しました。実はその収録日のコンサートに自分もいて、終演後サイン会に並びました。実際間近で見たヤルヴィさんは、会ったことないですがマスターのような澄んだ瞳と吸い込まれるような存在でした。かっこいい!ちなみにヤルヴィさんはNHK交響楽団の首席指揮者に最近就任されたので、今後しばらくは定期公演に度々来られると思います。魅力的な指揮者(私は特に指揮者ファンなので)はたくさんいらっしゃいます。同じくNHK交響楽団でほぼ毎年来られるブロムシュテットさんも素敵で87歳と高齢ですが、毎年若返ってるような気がするくらいパワーがあります。

    長々と失礼しました。ありがとうございます。

  2. yswt01さん、はじめまして。

    あの場にいらっしゃったんですか! うらやましい! 僕はテレビ番組を見ながら「時間を戻すことができたら、まずこのコンサートに行きたいなあ」と思っていました。

    やはり現場は全然違うんでしょうね。葦原瑞穂さんの『黎明』の音楽の章に、コンサートの聴衆は単なる聴衆ではなく、音楽を作り上げる共同創造者だと書かれていたのを思い出しました (音楽の神ガンダルヴァやいろいろな見えない存在も一緒に創造に加わっているとも書いてありました) 。

    ヤルヴィさんの表情と動きは本当に魅力的です。その後、Youtubeで彼の指揮したいろいろなコンサートを見ていますが、人間というよりも音楽の精のような感じで、こんな人がいたのか!と驚いています。サインいいなあ(笑)

    つぎの来日時には僕もぜひと思っています。ブロムシュテットさんのこともどうもありがとうございます。

  3. 初めまして楽勝です
    「この世界で知っておくべきたったひとつのこと」から来ました。今日のコメントの「マオ的/ヨナ的」の件。楽勝の見解と異なりますので思わずペンを取りました。マオが負けヨナが勝ったのは楽曲の問題ではありません。腰骨骨格の問題です。つまりそのぉーフィギュア踊りは転倒率を競う競技ですからコケが多かったマオが負け滅多にコケないヨナが勝っただけのことです。腰の体型がコカコーラの瓶とビール瓶の違いが勝敗を分けたのです。空中で回転して着地した時腰骨が張lっているヨナの方が転倒に耐える率が高かったのです。それがたったひとつの事実です。

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