季節のせいなのか何なのか

 
ブログ「この世界で知っておくべき、たった一つのこと。」を知って以来、今あるもの以外の何か、以上の何かを求める感じがなんとなく減ってきている。

そういう感じになったのは、ダグラス・ハーディングの実験の集まりに参加したタイミングからだったかもしれない。それか、ある晩に見た奇妙な夢のせいかもしれない (これは今思いついたデタラメ)。

そして面白いなあと思うのは、そうなってくると逆に、非二元ドグマに毒されていた数年のあいだずっと否定していたこと (身体の健康とかお金とかセラピーとか) に素直に関心が向くようになるという事実。

トニー・パーソンズのアムステルダムかミュンヘンのミーティングで、カトリックの教会のメッセージについて質問した人が、トニーの答えを聞いて涙を流しながらしばらく爆笑していたことがあった。観念の呪縛から解き放たれた感じの笑いだなと思って見ていたけれど、それと少し似ている気がする。観念としての「非二元」の泥沼から這い出すような感じ。パッと解き放たれるという爽やかさはないものの、重い泥の中にいたことに気づくような。

求めないことを求めるという状態の不自然さに今さらながら気がついたとも言える。(その不自然さも含めて自然であってあるがままなのだ、とかいった屁理屈は、嬉しいことに最近はそんなに出てこない)

それと、「非二元を非二元として語るのは退屈だ」と思ってそういう系統の情報からは遠ざかりつつあったのが、新鮮な目で読めそうな気分になってきていて、それにも驚いている。まあこれは季節性の循環なのかもしれないし、あの静かな晩に見た奇妙な夢の (以下省略)

とりあえず、そんな気分の中でレオ・ハートンのインタビューを聴いていたら、すごく面白く感じた。つぎの記事では、そのインタビューからの抜粋を紹介してみたい。

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季節のせいなのか何なのか」への4件のフィードバック

  1. 身体の健康とかお金とかに素直に関心が向くように、私もなりました。呪縛から解放されて身軽になった気分です。そうそう、何のせいかは限定できない感じで。
    「すでに目覚めている」読んでます。同じ文章を何度か読み直さなきゃ理解できないくらい、ある種の価値観とか感覚で凝り固まっているのがよくわかって、バスの中で読みながらニヤケてしまう。

  2. ヒロさんの紹介でこのBlogを知ることが出来て、感謝で一杯です❤︎
    こんなに軽やかで自由で嫌味の無い(更に可愛い❤︎)非二元のメッセンジャーって初めてです♪
    いろいろな人に嬉し過ぎてシェアしています♪
    本当にありがとうございます!

  3. 心の季節の巡りなのか、奇妙な夢の原因にまつわるものなのか、何とも不思議な感じですね。
    興味深いです。

  4. MAS∞ATOさん、コメントありがとうございます。身軽になるというのは、本当に体感としてそんな感じがありますね。荷物を下ろしたような。

    happybakeryさん、僕も読むたびにびっくりしています。ルパン三世の話なんて本当に軽やかで、泣き笑いという感じになってしまいました。

    ネムノキさん、夢うんぬんはまったくのデタラメです。どちらにしてもデタラメなのかもしれませんが。

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