強迫欲求、強迫衝動、身体 ジョーイ・ロット

 
動画シリーズの最新エピソードでジョーイ・ロットが動機について少し語っていた。もちろん、「動機なんてない。ストーリーもない。起こることが起こるだけ (実際は起こってもいない) 」というのが彼のメッセージだから、「見かけの上では」という「注」がつく。

その上で言っていたのが、あまりにも長いあいだ強迫観念、強迫衝動に悩まされてきたせいで、そこから解放されることがありえるという事実をシェアしたくなるんだと思う、というようなことだった。

その強迫性障害についてのジョーイの比較的新しい文章を訳してみた。彼がこのテーマで以前書いた本 (Discovering Freedom from Obsession and Compulsion) とは微妙ではあるけれども違った内容だ。

原文: YouTube Comments Regarding Obsessions and Compulsions (joeylott.com)

== 以下、訳 ==

強迫欲求と強迫衝動についてのYoutubeコメント

Youtubeにある僕の動画の中でかなり人気があるのが、1年前に作った強迫的な思考についての動画だ。正直言うと、その動画で自分が何をしゃべったのかも思い出せない。このテーマについては、言えることが当時よりもっとたくさんある。けっこうな数の人がこれまでに見ているし、かなり役にも立っているみたいだから、このテーマに関する動画を今後もう少し追加することになるかもしれない。

で、その動画のコメント欄で、ある人からこんな質問を受けた。「強迫性障害(OCD)の症状が少しのあいだ出てこなくなって、それで「治った」と思っていたら、しばらくたってから症状が激しくぶり返してしまった。どうしたらいいのか」と。僕の返事をここに写しておく。このブログを呼んでいる人にも役立つかもしれないから。

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僕が気づいたのは、質問者も指摘してるけど、強迫欲求には、その欲求を解消するためには何かをしなきゃいけないとしつこく迫ってくる性質があって、それと同時に、その強迫欲求を満たせば満たすほど解消した感じが逆に全般的に減るっていう性質があるということだ。一時的に解決したりすることもあるけど、そういう一時的な解決策も時間が経つにつれて効果がなくなって結局は役に立たない。それで、何の救済策もない状態で朝から晩まで強迫欲求に身を任せることになったりする。

強迫性障害の症状にはいろんな原因があるのかもしれないけど、僕が最近すごく感じるようになってるのは、強迫性障害は神経の興奮が主な原因になってるんじゃないかということ。強迫欲求を手放すと、強迫欲求が消えることもあるけど、消えないこともある。でもそれは長い目で見れば、興奮をおさえて症状を軽くするひとつの方法になる。それ以外にもその補助になるような自然な治療法があるのかもしれない。そのあたりは調べていきたいと思っている。でも今の時点でこの件について僕に言えるのは、強迫欲求は消えてしまうこともあれば消えないこともあるっていうことだ。それと、消えたとしてもまた戻ってきたりする。

僕の見方では、重要なのは、強迫欲求それ自体が問題なわけじゃないと気づくってことだ。不快に感じるかもしれないけど、観察してみると、強迫欲求そのものは単にしつこくつきまとう感覚だってことがわかる。そこで一番大きな問題のように感じられるのは抵抗で、それは身体の緊張として感じられることがある。強迫欲求が生じるケースで僕が今の時点で強くすすめているのが、そういう身体の緊張をゆるめるってことだ。

別の見方もある。いろんな騒音でうるさい部屋にいても平気な人たちもいる。電話が鳴って、誰かが叫んでいて、犬が吠えているような部屋にいても、まったく気にならない。同じ部屋にいて、それを問題として経験する人たちもいる。違いはなんだろう。それが問題に感じられる人たちの場合、そこでは生理的な興奮が起こっていて、そのせいでより音に敏感になってうるさく感じられてるってことがありえる。その意味では公平じゃない。そういう人たちにとっては身体の感覚に注意を向けるというのは意識的にやらないといけないことかもしれないけど、それと同時に、もし注意を向けられれば、身体の緊張 ― 抵抗 ― が騒音に我慢できなくなる原因なんだと気づくこともできる。身体の緊張をゆるめたからといって音が心地よくなるとはかぎらないけど、騒音を不快に感じさせるもとになっている緊張、抵抗を解くことなら少なくともできる。

強迫欲求や強迫衝動を排除しようとして頑張れば、たいていの場合それは長くてつらいみじめな旅になる。運に恵まれれば根本的な原因にたどりつくこともあるかもしれない。アレルギーだったり、感染だったり、慢性の炎症だったり、癖だったり、いろいろなものが原因になる。で、そういう原因が判明した場合には強迫衝動が消えてしまって二度と戻らないかもしれない。そうなれば素晴らしい。でもいつもそうなるとはかぎらない。

それでも、部屋の騒音にまったく抵抗せず、すごく気分がいいとまではいかないとしても別に気にならないという人たちの仲間入りをすることはできる。それは大きな改善だし、さらなる改善につながるかもしれない。というのは、くつろぐことができるほど興奮状態がおさまるからだ。そして興奮が減るほど癒しは起こりやすくなる。

ただ、ここで僕がすすめたいのは、強迫欲求と強迫衝動をそのまま見るってことだ。そういうものは不快かもしれないけど、強迫欲求や強迫衝動が実際に僕らの注意や抵抗を操ってるなんてことはない。やわらげて、ゆるめることはできるし、存在してることに気づいてなかったような空間がここにあったことに気がついたりもできる。今起こっていることを取り除こうとするのにこだわっていたときには気づかなかったような空間に。

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という感じの返事をしたけど、もう少し説明してほしいと質問者から言われたから、さらにこんなことを書いた。

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今、自分で尋ねてみることができる質問がふたつある。

1. たった今、自分に対するはっきりとした差し迫った危険が実際にここにあるだろうか? (例: まさに今の瞬間に自分に襲いかかってきている人がいる?)

2. もしそういう危険があるとしたら、その脅威を間違いなくはねのけるために自分に無理なくできることが何かあるだろうか?

もしこのふたつの質問に対する答えが両方とも「ノー」なら、思考や映像やストーリーや強迫衝動の無駄な空回りから離れて、かわりにそのエネルギーを身体をくつろがせる方に振り向けるのが一番いい。

もし質問の答えが「イエス」なら、まずは身体をくつろがせよう。そうすれば能率的かつ効果的に行動できるようになる。そのあとで実際に行動しよう。

99.99999%のケースでは、このふたつの質問に正直に答えれば、答えは「ノー」だ。というのは、ほとんどの場合実際に起こってるのは、記憶、思考、ストーリー、空想、恐れ、イメージ、観念の単なる繰り返しであって、はっきりとした危険が本当に今ここにあるってことはないから。今ここにあるはっきりとした危険というのは、たとえば物理的な襲撃のようなもの。

もちろん、恐怖はすごくリアルで凄まじく強烈なこともある。あまりに強烈なせいで実際に危険が今ここにあるように感じられることだってある。でも99.99999%のケースではそれは単なる感覚だ。残念なことに、強迫衝動に身を任せると、危険が実際にここにあるっていう感覚、安全でいるためにはその強迫的な行動をしなくちゃいけないっていう感覚が身体内で強まるだけだ。そうなれば、強迫衝動はそのつぎに出てきたときも変わらず激しいものになるだろう。

強迫衝動が起こってるというのは今ここに危険があるってことを示す本当の証拠なのかどうか、問い直してみよう。そうじゃないと気づけば、そこにあるのはただの感覚で、危険は実際にはないってことがわかる。そうなると感覚の中へくつろげるし、感覚に抵抗することなく感覚があるとおりにさせておける。身体をくつろがせることに抵抗せずに。くつろいだとき、違った種類のメッセージが身体に送られる。「自分を守ったり、今起こっていることに抵抗したりしなくても、この恐ろしい感覚を乗り切れた。だから、また別の感覚が生じたときも、これからはもっと楽にくつろいで落ち着いていられるだろう」と。

== 訳は以上 ==

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強迫欲求、強迫衝動、身体 ジョーイ・ロット」への3件のフィードバック

  1. 強迫神経症で苦しむ私には非常に興味深い記事です。
    できればジョーイロットの強迫神経症をテーマにした翻訳本を読んでみたいです。

  2. ヨシさん、こんにちは。

    ジョーイの本 (Discovering Freedom from Obsession and Compulsion) を僕が翻訳する予定はないのですが、紹介されているプロセスは本当に簡単にできるものです。

    問題だと感じられることが生じていると気づいたときに、頭からつま先まで身体の感覚をスキャンします。スキャンといっても、「緊張しているか、ゆるんでいるか」という単純なスキャンで、その感覚に名前を付けたり判断したりしないようにします。それを、問題が問題に感じられなくなるまで繰り返すというそれだけです。あまりにも簡単すぎてやる気にもならないかもしれませんが、多くの人に効果があったそうです。

    ただし、思考や観念があまりにもぶんまわっていて身体に注意が向かないこともあり、そういう場合のために非常に簡単なテクニックが本ではふたつ紹介されています (そこまで書いてしまうと本の全部になってしまうので控えますが、単なる深呼吸でも代用できる気はします)。

  3. ヒロさんありがとうございます。

    以前のジョーイロットの記事を読んで
    身体のスキャンをちょくちょくやっています。
    おかげで調子のいい時は強迫観念をスルーできたりします。
    ですが、まだまだ体に対する注意が定まらないことが多く頭の中が暴れまくってしまいます。
    観念に飛びついて勝手にストーリーを作り、意味づけをして強迫欲求を満たすために無意味な行動をするはめになります。
    あきらめずに地道にスキャンを続けていきます。

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