「現在の証拠にもとづいて」

 
土曜日にダグラス・ハーディングの実験の集まり (私とは本当に何かを見る会) に初めて参加した。

最近、J. C. Ambercheleの本を毎日のように読んでいるが、彼のどの本でも headlessness (頭がないこと) がテーマになっている。今年出版された Cracked Open という本を読んでいるときに、広げた両手の間に全宇宙があるという言葉に衝撃を受け (ハーディングの本でその言葉は何度も読んでいるはずなのに)、それを確かめたい思いが高まっていた。

5、6年ほど前だったかに自分の頭 (があるとされているところ) を指差す実験を初めてしてみたとき以来、たまに思い出して指差しはしていたけれど、複数の人が必要な実験はひとつもしたことがなかった。

9月に髙木悠鼓さんの別の会に出た際、実験の会が1年ほど休みになると聞いていた。それで、「お休み期間」に入ってしまう前にと、出かけてきた。

で、参加してみて本当によかった。

この日は最近としては例外的に参加者が少なかったということで、しかも僕以外はみなさん初めてではなく、かなりリラックスした親密な雰囲気だった気がする。

ダグラス・ハーディングとの出会いや般若心経について髙木さんの興味深い話を聞かせてもらいながら、いくつかの実験をしたが、「あ!」という瞬間が何度かあった。

自分に性質があるということなどありえないという感じ、境界のない広がり、それは誰かに所属しているものではないという感覚を一瞬とはいえ体感した。

それから、「頭がない」というのを個人的なことがらとしてとらえていたことにも気がついた。愉快な発見だった。(と言っても、途中、あまりのことに動悸が激しくなるほど気が動転したりもした)

あとは、「何かを獲得したり、どこかに到達したりすることはありえない」と非二元の本などでよく言われているけれど、はじめからすべてである自分に何かを足すとか、すべてである自分がどこかに動くということがありえないという直感的な理解もあった。

実験をするときには、「現在の証拠にもとづいて (on present evidence)」と言われる。ハーディングの本や実験動画で接したことのある言葉ではある。でも、実験をしているときに繰り返し言ってもらうと、概念の世界がいったん後退し、実際に目の前にあることだけに集中できる。バイロン・ケイティの「それは本当でしょうか?」という問いにも似た効果があるけれど、概念に手を伸ばすことが自然になくなるという点では相当強力だ。

ジョーイ・ロットが本のなかで「概念抜きで (without concepts)」とか「概念を参考にせずに (without consulting concepts)」とよく言っているけれど、「ピンクの象のことを考えるな」と同じで、そう言われると「自分はどんな概念を抱えているんだろう」と概念に注意が向かってしまったりもする。でも「現在の証拠にもとづいて」と言われると、簡単にそれだけになる。シンプルで美しい。

あと思ったのは、「見ている人」が同じ場にいることの効果。と言うと、なにかトランスミッション(伝授、伝送)的な意味でとらえられかねないが、そうではなく、起こることが何であれそれを信頼している感じ、想定された落としどころに無理に持って行こうとしないオープンな感じがあることで、「現在の証拠にもとづいて」という指示が一層クリアに入ってくる気がした。

ともかく、これまでいろいろなミーティングやリトリートに出てきたが、短い時間で面白い発見が今回のように相次いだというのは初めてのことだった。

髙木さんと、ご一緒した参加者の方たちに感謝。また機会があれば参加してみたい。

The Headless Way―頭がない方法
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「現在の証拠にもとづいて」」への3件のフィードバック

  1. ダグラスの実験で見るものって、他の教師が語る目覚め、目覚めの一瞥と同じなのでしょうか?
    私も実験が示すものを見ました。
    ダグラスの本に、それは見間違えようがないとありますし、私もその通りだとわかります。
    でもそれが目覚めなのか?はわかりません。
    私は気になりましたがどうですか?

  2. やまさん、こんにちは。

    何かと何かが同じものかどうか、それをたしかめたいというような関心が今のところは欠落していて、それについては自分の考えというものもない感じです。見えるものが見えるということにつきる気がしています。

  3. ありがとうございます。
    なるほど「現在の証拠にもとづいて」ということでしょうか。
    ダグラスの実験をやっている人って、私は目覚めたと宣言する人がいないなあと思っていたのですが、みなさんそういう境地なのかも。

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