あの先生はインチキ? ジョーイ・ロット

 
ジョーイ・ロットのブログから、冴えた感じの文を訳してみた (原文にはほとんど改行がないが、いくつか入れた)。

原文: Is Eckhart Tolle a Fake?

== 以下、訳 ==

エックハルト・トールはインチキか?

今日こんな質問がメールで届いた。「エックハルト・トールはインチキでしょうか? 彼の教えにしたがってきたのに、まったく何も起こっていません」。こんな返事を出した。

* * *

その質問に対して正面から答えることはしません。でも、言えることがあるとすれば、それはその質問自体が根本的な間違いのあらわれだということです。その間違いとは、何かがほかのものよりも本質的に「真実」、「本物」でありえるという考えです。

その考えを吟味しないままで抱えていると、今あること以外の何かをいつまでも探し続けることになります。そうすると、「まだ何も起こっていない」、つまり何かが欠けているとか、すべて問題なくなるためには (それがどういう形で実現されると考えているにせよ) 何かが変わらなくてはいけないという感覚を必ず感じつづけるでしょう。基本的にあなたがしているのは、どこにも存在していない安全を探すということです。そしてそれが苦しみです。

自分を救ってくれるはずだと期待しながら誰かもしくは何かの教えにしたがえば、失望することになります。ですが、ここで試せることがあるとすれば、それはそうやって安全を追い求めている姿勢そのものを支えている前提を正直に調べて、探求そのものがインチキなのかもしれないという可能性を見てみるということです。

== 訳は以上 ==

全然関係ない話だけど、エックハルト・トールの名前の発音には「決定版」がない。本人があまり頓着していないのも原因なのかもしれないが、トーリ、トーレ、トーレイ、トールなど勝手な呼び方をされている。(出身国ドイツでの発音はこれを聴くとトーラという感じ)

デンオンとデノン、ニコンとナイコン、イケアとアイキーアみたいな例もあるから、多国籍企業 (多国籍ティーチャー?) の宿命なんだろう。

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あの先生はインチキ? ジョーイ・ロット」への1件のフィードバック

  1. ヒロさんこんにちは。

    昨夜たまたまエックハルトの本をパラッと読んでて、「おお、偶然!」と思ってつい投稿してしまいました。度々すみません;
    ジョーイの記事はストレートに響いてくるので、やっぱり良いですねー。
    自分には何かが欠けてるとか、今と違う何かを求めるとか、その強迫的な思い込みが苦しみそのものっていうのが、腑に落ちる感じで……本を読む時は、なるべく思考をリセットして、まっさらな状態で読みたいですね。

    それと、トーラ、トーリ、トーレ、トーレイ、トール…って、まるでエックハルト五段活用みたいで面白いなぁと思いました(笑)

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