これでもなかなか…

 
Amazonで『わかっちゃった人たち』に寄せられたレビューの中に、訳者に対する厳しい批判がいくつもある。訳そのものではなく、訳者である僕のあり方に対する批判。

まったく的外れなら放っておけるはずだけど、けっこう傷ついている。だから、当たっている面、思い当たる面があるんだと思う。

レビューの中に「気楽な翻訳作業」という言葉があったが、そうなんじゃないかと始める前は僕自身もじつは思っていた。それに、自分が訳した本が書店に並ぶなんてカッコいいじゃないかとか、それこそ気楽に。

でも本の翻訳は気楽ではなかった。全然。ブログで訳しているような記事と違って量がはるかに多いのはもちろん、版権の問題で当分は自分の翻訳が独占的に流通することになるという重圧もあるし、誤読しているんじゃないかという恐れも消えない。

でも、僕もそうだったように気楽に見えるのかもしれない。

それから、僕が瞑想や各種の伝統的な修行をあまりに軽視しているというのも、気に障る人が出てくる理由かもしれない。軽視どころか、原始仏教、初期仏教、座禅、ヴィパッサナーというような「キーワード」が出てくると反応をしてしまうから、それも余計なんだろう。

単なる言いがかり的な批判はスルーできるが、刺さるものは刺さる。いい反省の機会をもらったとは言いたくない気分だけど、たぶんそういうことだ。

ちなみに「金儲けが目的と認めたらどうか」的なレビューがあったが、これはマイナー分野の翻訳をしている人なら誰でも実感していると思うけれど、冗談にもなってない。ファーストフードの時給に届けば御の字で、ファーストフードの人件費が高騰している昨今では、その半分にも届かないケースも多いはず。幸い自分の好きな本を訳すことができているからいいけど、そうじゃなければ到底手を出したくない仕事だ。

救いは、喜んでいる読者の人たちもいるということで、それは本当にありがたい。そのことを考えて、よっこらせ、とやる気を出すことにしよう。

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これでもなかなか…」への21件のフィードバック

  1. 私はこの本に出会って、本当に救われました。ありがとうございました。
    何回も何回も読んでいます(^_^)

  2. 以前、それこそ原始仏教やヴィ○瞑想を
    ドヤ顔で勧めた僕ですが(その節は本当に失礼しました。顔から火が出そう)、
    本当の本当は、
    クリシュナムルティの言うように、一切の条件付けをはなれた本当のあるがままの受動的な認識に、作為的な技術はありえないじゃないかと思っています。

    瞑想とはただ不意に窓を開けた際に吹き入るそよ風のような…みたいな表現をクリシュナムルティがされてて、深いなあ…と衝撃を受けたのを覚えています。

    ただ、ヴィ○瞑想ですが、これ巷間言われてるような、「あっ、いま思考、いま痛み、概念と事実の識別完了、はい瞑想いっちょあがり」とかそんなお手軽瞑想技術なわけなくて(だったら全員悟ってる)、

    名色分離智、縁摂受智、思惟智、消滅智〜と智慧を(ここは作為的にですが)育てていくと、遂には、常に自分にへばりついていた条件つけ(=痴)を離れて、結果クリシュナムルティのいうような分別の無い認識ができるというものなので、
    やれる人にはそのままアクセスできる境地に至るための、あくまで補助輪と思ってやっています。

    でもほんと何でかこの瞑想をするとどんどん明後日の方向に尊大になっていく傾向も少なからずあり、瞑想者として反省せざるを得ません。
    「釈迦の瞑想だぞっ!」という権威付け、「この瞑想法は悟りに導く瞑想法ということをよく知っている俺はすでに悟りをよく知っている」という膨れ上がった自我ゆえだと思います。
    以前不快な思いをさせてこと、重ねてお詫びします。

    ちなみに、わかっちゃった人たち、うちのお風呂読書において、お釈迦様の経典やミャンマーの瞑想注釈書等を抑え、現在なお絶賛ヘビロテ中です(笑)
    訳の軽妙さ、洒脱さ、なのに目の前でまさに当人が時にはにかみながら語っているようなその絶妙な感じの語り口など、本当に名訳です。
    向こう数十年残る本だと思います。

    応援しています。

  3. タナカユミさん、コメントありがとうございます。

    この記事は激励コメントをおねだりしたようなかたちになってしまっていることに気づきました (苦笑) みっともない記事にやさしく反応していただいて、感謝です。

    YMさん、優しい言葉をどうもありがとうございます。(最後の部分は褒め殺し気味ですが・・・)

    お詫びされるようなことは何もありません。逆に、僕が「袈裟系」「修行系」を言下に拒絶してきたことが、無用の傷をつくっていたことに少し気づくきっかけをつくっていただいて、ありがたく思っています。僕自身が「最新」で「他とは違う」非二元の「現代的表現」なるものと同一化し、それを無自覚に振り回していたので、まさに自業自得と感じています (概念として「自」も「業」も無いとかいったことを振り回す虚しさも最近までまったく感じていませんでしたので) 。

    瞑想は、単純に体質なのか辛抱できない性格のせいなのかはわかりませんが、僕は本当にできないので、それもあって「瞑想不要論」に飛びついていた側面もあります。そのバランスの悪さを多目に見て、落ち着いた目で記事を読んでくださっている方たちには、自分なりに恩返しをしていきたいと思っています (いつ放り出すか、これまたわかりませんが) 。

    それはともかく、応援いただいて感謝しています。

  4. ヒロさんは、いつのときも正直に思いを綴っておられて
    その在り方がわたしには心地よく、素敵だなと感じられます。

  5. ワタクシもひかりさんに同意です^^
    近頃はヒロさんの素直な語り口やお人柄に惹かれてこちらを拝見しているのが実際のところです。
    いろんなことを言う人はどの世界でもいますので、というか、いろんなことを言うのが人なので、大変なこともある反面、興味深く飽きないことでもありますねー。そういう世界もあるのかと。
    個人的にはヒロさんがちらりちらりとツイートされている女性への反応がツボです。うんうんあるねあるねと(笑

  6. 私もひかりさんと同じく「正直」という言葉が浮かびました。

    レビューは
    読み手側が、その瞬間感じたことを自由に表現しているのであって
    印象に残る言葉は、気づきへの切っ掛けにしても
    反省などしなくていいと思います。私なら反省はしません。

    これからもヒロさんらしい表現を楽しみにしています♪

  7. ひかりさん、ありがとうございます。正直に書いていれば、感覚に鈍感にならないんじゃないかというテクニック的な計算もあったりするのですが、そう書くのもまた計算だったり(苦笑)

    青雀さん、いつもありがとうございます。そうでしたか! 内容ではなかったと。そんな気はしていましたが…
    女性ネタのツイートは、投稿前に消すのが8割以上です。アホのおっさんが訳している本だと思われると、出版社さんに迷惑をかけかねないので (笑)

    るりさん、こんにちは。いつも反省しないので、これはいい機会だという気がしています。気がつかないときは、目覚ましコールも強烈です。でも、力強い言葉をありがとうございます。

  8. そのままを書いているという印象です。
    その方が共感するし、好感を持ちます。
    英語の細かいニュアンスを理解出来ない者としては、ここでしか得られない貴重な情報を提供して下さっていることに感謝です。
    いくらベストを尽くしても、翻訳って困難だと思います。
    翻訳にヒロさんの解釈が混じっていないか?
    私にはわからないし根拠を出せないので印象のみですが、最良だと思います。
    真摯な方だという印象です。
    自我の勝ち負けに固執せず、真実を明らかにしようとする姿勢がある。

    今後ともよろしくお願いします。
    私は恩恵を受けています。
    ありがとう。

    ヒロさんに限らず全てのジャンルの発信者に対して、好き、嫌い、関心が無いに分かれるのは永遠に変わらないのではないかと思います。
    すみません周知のことですよね。

  9. 公に名前が出てしまっているので、批判されるのは仕方ないことです、が、やっぱりキツいですよね、突き刺さる言葉が。。。
    私は、ヒロさんの飾らないストレートな訳が大好きです。これからも素晴らしい訳を期待しています!
    ところで、訳文って、ですます調ばっかりで、関西弁とかじじい言葉(「ワシャのお」とか)ないですよね。グルジェフやクリシュナムルティ、ラーマクリシュナなどの映像が沢山残っていた、話の内容とギャップがあってらおもしろかったろうに・・・・と想像を膨らませてしまいました。
    PS:不愉快なコメントは公開しないというのも良いのでは?と思いました。

  10. ずっと、精神世界の本を貪る様に読み漁ってきたのですが、最も平易な表現で判りやすく凄く助けになった内容で、有難かった本です
    求められたら友人にも勧めたいです

    本当に有難う御座いました

  11. はじめまして。コッソリこちらで一人修業?の新しいネタを仕入れている者です。ヒロさんの文章、透明感があって大好きです。目の付け所も本当にシャープで、有難く勉強させてもらっております。「わかっちゃった人たち」も本の存在を知って、手に入れて読み終わるまで、久しぶりに本にときめきました。私も感謝しています。

  12. 〉しゅーさん
    アーチャン・チャーというタイのお坊さんの本は、訳者の方のアレンジなのか、全編
    「わしは〜なんじゃ」喋りで異色ながらも染み入る名著です。

    アチャン・チャーはバリバリの仏教僧ですが、反面とてもラジカルな精神の人で、
    「この教え(仏教)をヨーロッパ人のお前さんが国で教えるなら、キリスト教といって教えたらみんな興味をもってくれるじゃろ?」とか、「クリスマスもそこから感謝の気持ちを学ぶのならよい行事じゃ、今年はうちの寺でやってみようかのう」とか(どちらも大意なので細部違ってたらすみません)、
    真理に到達するのに形式はなんでもいいという発想のかたなので、この豊かで寛容な奥行きと深みのある慈しみの仏者の本は
    結構お勧めです
    (少なくとも、排他的教団として日本でぶいぶいやってる某教団系のセクト臭さは全くないです)

  13. ヒロさんこんばんは。

    仕事の成果への手ごたえは批判があればこそ感じられることだと思います。
    色のよい感想ばかりでは暖簾に腕押しで、どこか物足りなさを感じたりしますもんね。

    ネイサン・ギル氏の「死」に関する一連の記事とみなさんのコメントはまるで蕭々と降る雨の音のようで、しんみりとした静けさを感じながら拝読していました。

    今回の記事はさながら「雨に唄えば」を歌うジーン・ケリーのようで、ヒロさんの仕事における充実ぶりが少し垣間見えた気がしました。

    今後ますますのご活躍とご健勝をお祈りします。

  14. やまさん、こんにちは。

    「真実を明らかにする」というよりも、ブログを始めた当初から何かいいものを見つけた気がするという興奮状態に動かされてきただけです。ミーハーというか。でも、すごく勇気づけられました。ありがとうございます。

    しゅーさん、ありがとうございます。嬉しいです。

    方言は面白そうですね! 誰もが標準語でしゃべっているというのも、全宇宙人が英語を話すハリウッド映画みたいで不自然なので。昔の翻訳小説で南部の黒人がみな東北弁っぽい話し方をするような感じで、ボンベイのニサルガダッタは広島弁、ラマナは高知弁、ラーマクリシュナは茨城弁とか。ドラえもんの声優が変わったときみたいに、ファンからは嫌がられそうですが(笑)
    コメントの承認の基準ですが、まったく内容に無関係だったり、ほかのコメントを非難するようなものを除けば、今はすべてOKにしています。読む人があまりに不愉快になるものは今後は考えたいと思います。

    とみさん、どうもありがとうございます。読んでいただいて、嬉しいです。

    スズキヒロコさん、はじめまして。嬉しい言葉をありがとうございます!

    voxさん、どうもありがとうございます。力づけられます。「暖簾に腕押し」ということはあまりなくて、それぞれの方の経験がにじみ出ているので、どんな感想もすごく面白いのはたしかです。ただ、足りないところを指摘してもらえるのも、おっしゃるとおりで、手応えにつながる気はしています。

  15. ヒロさん、こんにちは。
    僕も、わかちゃった人、買って
    読ましてもらいました。

    良かったです。
    僕としては、さらっとした
    美味しい水、みたいな読後感でした。
    水、生きていくのに不可欠です。

    扱うジャンルがジャンルだけに
    翻訳者、個人について批判に晒されるのは、きついですよね。

    ご本人は悟ってないって明言されてるだけに、逆に一家言、言わずにおれなくなるんでしょうね。

    気づきは誰のものでもないでしょうにね。

  16. ヒロさん、こんばんわ。

    レビューは読んでいないのですが、
    >「金儲けが目的と認めたらどうか」的なレビューがあった
    ということで、アホ丸出しの的はずれなことを訳知り顔で言いたがるバカってどこにでもいるんだなあって思って笑ってしまいましたwwwww
    もちろん訳してくださったヒロさんにしてみれば笑い事ではないと思いますがwwww

    先日発売されたグレッグ・グッドの本も買いました。まだ一回しか読んでいません。
    やっぱりわかりやすくても哲学の博士号を持ってるような頭のいい人が書いた専門的な本より、「わかっちゃった人たち」の尋常じゃない親しみやすさが僕は好きで、今も読み返しています。
    その親しみやすさの理由には間違いなくヒロさんの「気楽な翻訳作業」があるのだろうと思っています。決して批判している人と同じニュアンスではないのですが。

    とにかく「僕はわかっちゃった人たち」が大好きで、トップレベルにお気に入りの本です。
    英語がさっぱりわからない僕からすると、やはりこの本でもたびたび名前があがるトニー・パーソンズの本はぜひ読んでみたいなーと思っています。

    もし縁があってヒロさんの訳で読めるようなことがあればめちゃくちゃうれしいのですが、今のところトニー・パーソンズを訳すような予定はないでしょうか?

    まあないならないで全然いいんですけど、これからもヒロさんが訳して紹介してくれるブログの記事だったり新しい本だったりを拝読するのを楽しみにしています。

    いつもありがとうございます!m(_ _)m

  17. コウジさん、どうもありがとうございます。

    「正しい悟り」がそんなに大事なのか、と僕はちょっと驚いているのですが、ほかの分野に関しては僕自身も口には出さないものの同じようなことを考えることがあるので(「こんなコーヒーで金取るとかどういう神経!?茶不味湯って書いといてよ」とか)、あまり言えません。

    まつたけさん、どうもありがとうございます!

    『わかっちゃった人たち』を読み返していただいているとのこと、嬉しいです。まつたけさんは「まつたけのブログ」のまつたけさんですか? 本の記事で紹介されていた『日本の禅語録』の抜隊の巻を図書館で読んでみたら面白かったので、古本で買って少しずつ読んでいます。

    異常な落ち着かなさで次から次へと寺を移り、弟子が増えたら数年でどこかに消えてしまうという抜隊の生き方もかなり興味深いです。その淀まなさがパワフルでクリアな言葉になって表れているのかな、とか勝手な想像をしつつ、同時に、こういう本を薦めているまつたけさんも尋常じゃないなと感嘆しているところです。(違う方だったら、まったくわけのわからない話ですが)

    トニーの本は、僕の訳ではないのですが日本語版の出版の準備を進める予定があると聞いています。僕も楽しみにしています。気に入らない人は猛烈に気に入らない本になりそうですが(笑)

    (ちなみに「金儲け」云々のレビューは、今見ましたらなぜか消えていました。)

  18. はじめまして。こんにちは。いつも拝見させてもらっています。あなたの翻訳はとてもわかりやすく、意識の広がりさえも感じることができます。このような本を紹介して下さり、ありがとうございます。この系統の本の翻訳を楽しみにしています。

  19. ヒロさん、おはようございます。

    抜隊、めちゃくちゃ面白いですよね!
    抜隊語録を初めて読んだとき、昔の日本にこんな人がいたのかとめちゃくちゃ衝撃を受けました。
    それにもかかわらず、いまだに日本の禅僧というと道元、白隠、一休さん、せいぜいが盤珪さんくらいで、抜隊みたいにダイレクトにそれを方法論のレベルで指し示した人がほとんど知られていないというのはどういうことなのだろう、と思います。
    まあ別にそのことを嘆くような立場にもないので、完全には失われずに手にとれただけよかったと思うしかありませんが。

    禅の公案だったり、抜隊のラマナ的な自己探求だったり、そういう方法論による悟りって、最近ネットなどでもよく見かけるようになった「わかっちゃった人たち」系の方や、トニー・パーソンズなんかは否定的のような印象を受けていて、僕の中にちょっとした興味と壮大な混乱をもたらしてくれていますw

    そこら辺のことも含めて、ヒロさんの訳ではないということですが、日本語でトニー・パーソンズの本を読めるのはありがたく思います。
    まあ多分読んでも少しもそのあたりの疑問の解決にはならない気がしますがw

    いつか自分自身でそこら辺のこともうまくわかっちゃえたらいいなーと思いながら、今は抜隊を読んだり「わかっちゃった人たち」を読んだりしながら楽しく悶々と暮らしていますwww

    もちろんヒロさんのブログを読んでわかりかけた気がしたり、やっぱり全然わからない気がしたり、ありがたく混乱を楽しませていただいています。

    これからも楽しみにさせていただいています。
    今日も素敵な1日になりますように。

  20. アマゾンで批判している人達は「この本を読んでも悟れない」とか「この人達は悟っていない」という批判が多いですね。
    でも私は悟るためにこの本を読んでいるわけでもないし、この人達が悟っているかどうかはどっちでもかまいません。
    読んでいると心地いいので、何度も繰り返し読んでしまうだけなんですよね。
    それにはもちろんヒロさんの訳の素晴らしさもあると思うんです。だからヒロさんにはこれからもこういう本を出していただけたらと思います。

    それとやっぱりこれからは時代の空気がどんどん軽くなっていくと思うので、修行系は流行らなくなっていくだろうなと思います。
    そういう流れに抵抗している人たちは自分が否定されているような気持ちになってしまうのかもしれません。
    でも道はそれぞれですから好きな道を行けばいいだけですよね。

  21. あきさん、どうもありがとうございます。そういう文章に出会い、訳すことができて僕も嬉しいです。

    まつたけさん、「壮大な混乱をもたらしてくれています」というのは、僕も本当に感じることです。その混乱の味わいを無上のものに感じたり、抜隊のものなどを読んでいると、このわけのわからなさが何百年たっても続いているのか(しかもその何百年はじつはまったく起こっていない!)と他人事のように感慨深く思ったりすることもあります。が、悶々とすることのほうが多いです。

    お茶の子さん、こんにちは。「悟り」という概念は本当に余計なものだなあと最近思います。「愛だよ、愛」とうるさい人のようなうっとおしさを感じることもあります。

    僕はお茶の子さんとは反対に修行系はこれからさらに流行るんじゃないかとじつは思っています (どっちでも全然いいので、わざわざ言うなよという話ではありますが)。新興宗教や古くは左翼セクトに見られるような「真理」との一体性の快感、「正しい方法」の独占の優越感は、今のように社会的な格差が拡大しつつあるときには結構アピールするんじゃないかな、と。なので、そういう人たちをあまり刺激しないように気をつけながら(笑)、ひっそりこっそりでいこうと思っています。

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