ジョーイ・ロット登場

 
このあいだAmazonを眺めていたら、見たことのない著者が非二元についての本をずいぶんたくさん出していることに気がついた。ジョーイ・ロット (Joey Lott) というアメリカ人で、紙の本は1冊しか出ていないけれど、Kindle版はいろいろ出版されている。(Amazonのページ)

面白いのは、典型的な非二元の本だけじゃなく、疾患や依存からの解放というテーマの本もだいぶあるということ。普通、非二元の著者や先生たちは、病気を直すなんてことはあまり言わない。たいていは「その病気を気にしているのは誰ですか? 病気があるというのはただの観念ではないでしょうか?」などと言いながら、すました顔をしている (ちょっと言い過ぎか) 。そんなわけで、ジョーイ・ロットはちょっと面白い人だなと思った。

それで何冊かKindleで買ってみたけれど (どれも数十ページしかなくて安い) 、かなり独特で引き込まれる。メッセージの内容的にはトニー・パーソンズに近い (実際、彼のウェブサイトではお気に入りとしてトニー・パーソンズとジョーン・トリフソン、ふたりの名前だけを含む3人の名前だけがあげられている) のに、雰囲気はだいぶ違う。リチャード・シルベスターやネイサン・ギルともずいぶん違う。イギリスとアメリカの違いもあるのかもしれない。

それと、彼はプログラマーだったときにも本を何冊か出していて、書き手としてはプロだから、読ませる文章になっているというのも大きい。

ジョーイはブログ (joeylott.com) にもいくつか記事を書いていて、それも面白いから、翻訳と紹介の許可をもらった。すぐに返事が返ってきて、しかも快諾としかいいようがない快諾だった (これがまたグレッグ・グッドやJ・ジェニファー・マシューズのような人たちと同じ気持ちよさにあふれていて、アメリカ人だなあと思わせる) 。最近の記事を一つか二つくらい訳してみようと思っている。

その前に、ジョーイのサイトにある自己紹介を訳してみた。

原文: About (joeylott.com)

== 以下、訳 ==

これはジョーイ・ロットの公式サイトだ。世に出る人なら誰でも必ず肩書きと伝えたいメッセージを明らかにしなくちゃいけない、というのがまともな広報の基本だ。

僕の肩書き? 誰でもない。

メッセージ? 真の自由は、ここにあるものとしてすでにある。それ以外には何もない。そのことを知り、自分自身であれ。

それ以外にもこのサイトにはいろいろ書いてあるけど、すべて補足事項だ。イベントとか僕の提供してるサービスについての情報があって、それから自分が興味をもっていることについてのブログの記事がたくさんある。

誰かをすぐに何かの箱に入れようとするのは人間の習性だ。「スピリチュアル・ティーチャー」とか「健康の教祖」とか「不安の専門家」とか「ストレス解放コーチ」とかそんな感じのナンセンス。

でも冗談じゃない。自分にぴったりくる肩書やラベルがひとつだけだなんて、ありえるかい? たった数語でマーケティング担当者にすんなりまとめられちゃう程度の人生なのか? そんなわけない。当然だ。

それより何より、分離した個人なんかいない。やってみるといい。自分で確かめてみてほしい。個人が見つかるかどうか。見つかりようがない。近づけば近づくほどかすんでくる。そしてついには・・・フッ! あるのはこれだけだ。あったことがあるのはこれだけ。ほかには何もない。

つまり僕らは見かけの多様性の世界で遊んでいる。でも分離はないっていう本質的な気づきが存在の根底にある。

それがすべてだ。それはどんなものでもない。だから、気楽にしてればいい。

人称代名詞を使ったっていい。いろんなことに興味を持ってても大丈夫。

というわけで、このサイトには僕が関心を持っているいろんなことについての情報がある。僕の関心のほとんどは僕のいわゆる過去から影響を受けているんだけど、こんな感じだ。拒食症、強迫神経症 (OCD) 、不安、ストレス、病的執着、強迫思考、恐れ、心配、怒り、激情、ライム病、スピリチュアリティ、探求、ばかばかしい食事制限 (ヴィーガン、パレオダイエット、プライマルダイエット、低炭水化物ダイエット、無砂糖ダイエット、無塩ダイエットなどなど) 、食事制限からの回復、サットサン、多種化学物質過敏症、瞑想、詠唱、祈り、女性化乳房、減量、体重増量、摂食障害の克服、明け渡し、引き寄せの法則、ニューソート (新思想) など。でも当然ながら、このうちひとつだけに関心を絞れるわけはない!

僕が大好きなのは、本当のやすらぎと自由を見つける可能性について話すことだ。本当のやすらぎと自由は、どこを探せばいいのかさえわかれば、どんなときでも誰にでも手に入る。というより、たぶんそうじゃなくて、熱心に探すのをやめる方法がわかれば、と言ったほうがいい。それは、もっといいものを探すってこと自体が苦しみを生んでいるというのが本当のところだから。苦しみは、これがそれだってことがわかったときに終わる。

ただし僕がやっていることは、非二元の決まり文句だけを繰り返すような硬直した枠組みを超えている。一なるものがあるだけなんだから、あらゆる探求を手放すことでしか本当の解決には至らない (その方法は自分で考えろ!)というのはありがちな落とし穴だ。一なるものがあるだけ。それを探す必要はない。それに、これがすでにそれだ。ということは、現実的な問題に現実的な解決策を適用するという完璧に効果的な方法だってある! 腹が減っていて、食べるものを持っているなら、食べればいい。一なるものこそ答えだとか言ってる場合じゃない! 腹が減っているときには、一なるものが食べている。一なるものが、感情的、心理的、生理的な問題を解決するために現実的な手法を使っている。骨折したときは添え木が役に立つ。PTSDになったら眼球を動かすセラピーが有効だ。

すべてはひとつだ。本当のラジカルな非二元性というのは完全に自然で自由なものだ。規則なんかない。これは、存在するというシンプルさの歓びを発見し続けるってことだ。

ようこそ!

ジョーイはニューメキシコ州サンタフェの近くに住み、定期的にイベントを開いている。

== 訳は以上 ==

という感じで、書かれているようにいろいろな病気で苦しみ続けた人で、そこからの解放はかなり劇的なものだったようだ。

つぎからつぎへと節操無くいろんな人のメッセージを紹介しすぎな気もする。でも、それがここで起こっていることならそれでいいのかなとも思う。

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ジョーイ・ロット登場」への3件のフィードバック

  1. 「節操無く」っていうのが、なんかいいですね。
    私も「節操無く」ありたい…です。

    ジョーイ・ロットのつづき、期待してます。

  2. いえいえ、ドンドン紹介してください!!!!
    英語が読めたら自分でも探すのですが、
    殆ど英語が読めないので大変助かります。

    翻訳大変でしょうがこれからもよろしくお願いします。
    「わかっちゃった人たち」読みました。
    とてもよかったです。

  3. Shimaさん、こんにちは。自分としては一貫性というものを大切にしてきた (逆に節操の無さには批判的だった) と思っていたんですが、気がついてみたらあっちにフラフラ、こっちにフラフラです。

    KOJIさん、ありがとうございます。自分の気に入ったものを翻訳するのは、大変なこともありますが、楽しい方が大きいです。(と言いつつ、なかなか進まないことも多いですが)

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