ダグラス・ハーディングを別の角度から 予告編

 
以前 (と言っても十代のころだから80年代後半) 、新左翼の思想にかぶれていたころ、僕はあるグループの出版物を愛読していた。その中心人物は60年安保のころから活動を続けていて、それなりに (その世界では) 知られた人だったのだが、初めて彼に会いに行って話を聞いて驚いたのが、そのグループの小ささと本や機関紙の出版部数の少なさだった。「それほど反響が少ないのに、よく続けられるなあ」と率直に思った。結局僕はそのグループを数年で去ったのだが、リーダーは名前を何度か変えた同じグループで相変わらず活動を続けている。主張そのものには今では共感していないが、頭が下がるし、陰から応援もしてしまう。

同じような感慨を持たされるのが、リチャード・ラング氏。ダグラス・ハーディングの紹介者、継承者だ。革命的なメッセージなのになぜか爆発的には広がらないという状況の中で何十年も続けている。双子の兄弟のデヴィッド・ラング氏も米国でハーディングの紹介活動をしているらしい。

と言うよりも、ダグラス・ハーディング本人に一番それが当てはまるかもしれない。彼の晩年のインタビューを見ると、メッセージの広がり方が期待どおりにはいかなかったことに対する徒労感のようなものを感じる (同時に、メッセージの革新性についての強烈な自負もうかがえるのだが) 。

主張のまっとうさに比較して広がりが小さいと感じてしまうのは、それ自体ちょっとした偏りなのかなとも思うのだが、もしかして表現方法によっては違った展開もありえるのではないかと一瞬思わされたのが、Raptitudeというブログのダグラス・ハーディング紹介記事だ。

Raptitude http://www.raptitude.com/

Raptitudeは、デヴィッド・ケインという32歳のカナダ人 (ニューヨーク在住) が4年前から運営しているブログで、本人の言葉を借りると「おもに世界と人々を見る方法を再構成することによって、瞬間瞬間の生活の質を創造すること」について記事が書かれている。数万人の読者がいる人気ブログのようだが、広い意味での自己啓発系と言える。

そのRaptitudeで、ダグラス・ハーディングを紹介する何本かの記事が2010年夏に書かれた。僕はその存在を最近たまたま知ったのだが、これまであまり見なかったような紹介の仕方だった。長年やってきたラング兄弟のような人たちの表現ともたしかに違う。だから、和訳したいと思って、許可をもらった。以下のような記事がある。

There is Someone I Think You Should Meet

What is the Ego, Anyway?

The Decapitation of Douglas Harding

Headlessness FAQ

Five Useful Headless Resources

Who You Really Are

Who You Really Are (Pt. 2)

How to live in the moment

特に面白いと思ったのはQ&Aで、「自分の頭は見えないと言ったって手で触ればちゃんとあるし」といったよくある反論に対する答えが書かれていたりする。来年になったらゆっくり訳していきたい。ということで、今日は予告だけ。

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ダグラス・ハーディングを別の角度から 予告編」への3件のフィードバック

  1. ヒロさん、はじめまして。
    少し前にダグラスハーディングで検索してこちらのブログに辿り着きました。それ以来、過去記事など少しずつ読ませて頂いております。
    今、ダグラスの実験を日々行っています。また「顔があるもの~」の本をようやく読み始めているところです。
    デヴィッド・ケイン氏の記事和訳、非常に楽しみです。
    ヒロさんの来年発売の翻訳本も興味があります。
    またコメントさせて頂きます。よろしくお願いします^^

  2. MOONAさん、はじめまして、こんにちは。
    コメントどうもありがとうございます。

    実験をされているんですね。高木悠鼓さんのメルマガにも、ものすごく興味深い体験談がよく掲載されているので、もしまだでしたら、ぜひ読んでみてください。
    http://www.mag2.com/m/0001049042.html

    Raptitudeの記事の和訳は楽しみにしていてください。本についてもどうもありがとうございます。販売可能になりましたら告知しますので、よろしくお願いします。

  3. ヒロさん、ご返信有難うございます。
    メルマガは知りませんでした。さっそく登録したいと思います。
    貴重な情報有難うございます。

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