セックスと悟り スティーブン・ノーキスト

 
2003年の文章「悟りって何?」に続き、スティーブン・ノーキストが2007年に書いたものを訳して紹介したい。

SEX AND ENLIGHTENMENT

これらの文章が掲載されているサイト http://www.hauntedpress.net/

== 以下、訳 ==

セックスと悟り
(TATファウンデーションのために執筆。2007年)

悟りへ向かうための手法としてセックスは効果的で実行可能なものだと熱心に主張する人たちがいる。彼らはタントラの道は至福の道であり、神であることの本質とは恍惚感と至福であって、性的な結びつきは神の二つの極性 (男と女など) がつながってもう一度ひとつになるために与えられた方法なのだと言う。

そうした人たちは、この結びつきが起こったとき、すべての現象を具現化させている創造の力が解放され、この性的エネルギーを注意深くコントロールし表現できれば悟りに至れると強調する。

また一方には、禁欲主義、純潔、清らかさのグループがある。そのグループの人たちは、性的なエネルギーは肉体的な関心から離れるように方向づける必要があり、それを神への愛と献身という高次の目的へと直接向け直さなくてはならないと言う。このエネルギーを利己的で下劣であることも多い単純な肉体的結合に使ってしまうのはエネルギーの浪費であって、たいていそれは人を神から離し、肉体的な満足感と耽溺という暗黒世界へ導くと彼らは主張する。

新聞を少し眺めてみれば、離婚率、成長著しい巨大なポルノ産業、未婚の母の数、性行為で感染する疾患の現状など、禁欲主義グループを支持すべき材料には事欠かない。

個人的には、セックスで悟った人にも、セックスで悟ったと主張している人にも会ったことはない。だがセックスを喜んで受け入れて表現したことで人生を駄目にした人たちなら数えきれないほどいる。

つまり純粋に証拠という観点から言うと、世界の歴史の大部分を考慮すれば、セックスを通じて悟りに達する可能性はきわめて低いと言える。

さて、現実はこうだ。

どちらのグループも完全に間違っている。セックスも禁欲主義も悟りを得るためにはほんの少しも役に立たない。悟りは、何かを得るためのスピリチュアルな探求とは関係ない。何かを得られるような従うべき方法というものはまったく存在していない。

究極の性的絶頂感が人を溶かして純粋で神聖な気づきに変えることはない。そしてそれと同じように、完全に真っ暗な洞窟のなかで飢えと闘いながら禁欲と苦行を貫いても神の光が現れることはないのだ。

最初の生物が出現し、性的結合や禁欲主義について考えるより一兆年も前に、すでに悟りは完璧にあった。理解すべきなのは、悟りはこうしたものに先立つものでありながら、こうしたものと別のものではないということだ。

これまでに語られた最大の嘘は、探求、追求というものがあるということだ。探求も追求も一切ない。あるのは純粋意識だけで、それは完璧な平安と完全性のなかで絶えずあり続けている。

それだけではなく、悟りを追い求めている人も、セックスをする人も、純潔に生きる人も誰も存在していない。自発的に完璧に現れている宇宙が存在しているだけだ。

探求している人たちも、結びつく恋人たちも、純潔に生きるマスターたちも存在していない。

あるのは絶え間ない完璧さだけだ。そこにはマインドも個性も魂もない。

悟りを求めている人は、黙って、よく冷えたジンのグラスを手にとって、静かに座り、ジンを飲むだけでいいのだ。

悟りはすでにある。悟りはあるだけだ。

求めてはいけない。掴んではいけない。

船から海に落ちて命綱が投げられたら、ただこう言うといい。「ありがとう。でもいいです」

この行動だけで、純潔と飢えによっても素晴らしいセックスによっても不可能だったところまで、悟りに近づく。

だがこの行為すら、行為ではないのだ。

思い出してほしい。行為している人はいないし、行為できるような人は存在していない。世界には多くの活動があるが、そこには行為者はいないのだ。あるのは宇宙だけで、それが自然発生的にやみくもに生命なしで完璧に現れている。これに早く気づいた人ほど、洞窟や売春宿にさっさと戻れる。

注意して聞いてほしい。このことをわかってほしいからだ。宇宙を経験している人間はひとりも存在していない。存在している宇宙という経験があるだけで、経験する者はどこにもいないのだ。

意識とは何かに気づいているということではない。意識とは純粋な存在だ。私たちが宇宙と呼んでいる現れは意識であり、それだけが存在なのだ。

現れと意識はひとつのもので、同じものだ。

存在と意識はひとつのもので、同じものだ。

これを日々の生活の現実として感じ、知ることが、いわゆる悟りだ。

悟りとはそういうことで、それ以外には何もない。

悟りとは、なかったことが一度もないものを感じ、知ることだ。

存在している人はひとりもいないし、存在したことがある人もひとりもいない。そして、自分がこれを知らなかったことはないということを誰もがずっと知っていたのだ。

だから、セックスを選んでもいいし、拒んでもいい。どの立場をとってもそれは悟りとはまったく関係ないし、これまでも関係したことは一度もない。

なにかの道に従いたければ、そうすればいい。そして楽しむのだ。

だが一瞬たりとも忘れてはいけない。存在しているのは、そしてこれまでに存在してきたのは宇宙だけで、それが永遠に一つしかないという孤独のなかで生命なく完璧に現れているということを。

== 訳は以上 ==

この文章では、なんとなくテーマがあちこちへ行ってしまっている感じが多少ある。

次は2010年の文章を訳したい。

(2014年7月26日追記: 太郎さんという方から、スティーブン・ノーキストの講演動画に日本語字幕を付けたという連絡があった。彼の言うことに関心がある人におすすめしたい。Steven Norquist Speaks at the 2010 SIG )

広告

セックスと悟り スティーブン・ノーキスト」への4件のフィードバック

  1. 最高です。面白いですね。
    スティーブン・ノーキストってスペルを教えて頂けますか?
    禁欲やタントラの修行のように苦労をして手にする偉大な境地もあるけど、
    悟りは苦労も要らなければ、何か新しく得るものもない。
    修行が好きな人間が多いですよね。修行を教える人も多いですよね。

  2. KAZUさん、コメントありがとうございます。

    Steven Norquistです。記事に書くのを忘れていました。

    修行が好きな人たちも性に耽溺する人たちも、そのすべてが悟りの完璧な現れ、あるいは悟りそのものだというのは、実に理解不能です。ここまでわからなければ逆に爽やかさすら感じます。

  3. 悟ることもなければ、悟らないこともない。

    人間に自由な意思があることもなければ、人間に自由な意思がないこともない。

    神が存在することもなければ、神が存在しないこともない。

    何かに偏ることもなければ、何かに偏らないこともない。

    心が揺れ動くこともなければ、心が揺れ動かないこともない。

    悟りと言われている「人間本来の姿」を言葉で例えると、このような表現になるのではないかと思います。

    もちろん「人間本来の姿」でさえも、人間本来の姿であることもなければ、人間本来の姿でないこともないので、「悟り」を言葉で表現することは難しいです。

    強引に無理やり言葉で例えるとしたら、「あるがまま」になるでしょうか。

    「あるがまま」でさえも、「あるがまま」であることもなければ「あるがまま」でないこともないのですが、一輪の花を想起させるこの言葉以外に、思いつきそうな比喩が見当たりません。

    「ただ、それだけ」という言い方もありますが、「ただ、それだけ」と言い切ってしまうことにも躊躇いがあります。

    何故なら、「悟り」と言われているものは、言い切ることもなければ言い切らないこともない、言葉を超えるものでもなければ言葉を超えないものでもないと感じているからです。

    しかし、言い切ることも言い切らないことも「あるがまま」なのです。「あるがまま」から言い切ることも言い切らないことも生じるのですから、全てが「あるがまま」なのです。

    では、何故に「言い切ることに躊躇いがある」と言ったのか。

    それは「言い切ること、言い切らないこと」は、「あるがまま」から生じた「迷い」であるからです。

    「あるがまま」であるのにもかかわらず、言い切ってしまう、または言い切らないことによって「迷い」となるのです。

    私はこれを「あるがままの迷い」と名付けます。

    一切は「苦」であるという言葉があります。

    迷うこともなければ迷わないこともない「あるがまま」の人間に、「あるがままの迷い」が生じるのだから一切は「苦」であるということです。

    「善だ悪だ。これが良い、これが悪い。これが悟りだ、これは悟りではない」と「迷う」ことによって、「あるがまま」の人間は「あるがまま」に苦しむのです。

    「~です」と私が言い切ってしまうのも、これは「迷い」であり「苦しみ」なのです。

    この「迷い、苦しみ」の中から、どうにか「あるがまま」を伝えたいと思うことも「迷いであり、苦しみ」なのです。

    ですから「あるがまま=悟り」とは、言葉で伝わることもなければ、言葉で伝わらないこともないのです。

コメントは受け付けていません。