リック・リンチツのこと

 
リック・リンチツが亡くなった。数日前のことだ。十数年前に癌にかかったことがきっかけになって探求が始まった人だ。癌患者にほとんど特化した代替療法のクリニックを運営していた医師だった。

ここ数年接しているなかで、好きな非二元の表現者の名前を挙げろと言われれば、僕はトニー・パーソンズ、ジョーン・トリフソン、ネイサン・ギル、レオ・ハートンとともに、リック・リンチツの名前を挙げる。

リックのことを知ったのは、2011年のSANDカンファレンスだった。彼のことは知らなかったが、30分ほどのトークを聞きにいった。あけっぴろげな笑顔とものすごくクリアで迷いがない感じが魅力的で、すぐに本を買ったのを覚えている。

結局そのNo You and No Meが最初で最後の本 (実際にはトークをまとめたドイツ語の本もあるのだが) になってしまった。

リックの面白いところは、誰かに頼まれたときしか非二元の話をしないというところで、いわゆる職業教師ではまったくない。しかも最近は、休みは孫に会うために時間を使いたいから声がかかってもミーティングはあまりしたくない、と言っていた。「こういうことについて話すことは楽しいことではあるが、話す必要がまったくないのも確か」という言い切り方が心に残った。「目覚めるためにあなたは生きている」とうるさい幾多の「教師」たちの粘着性にうんざりしている人にとっては、本当にそよ風のように爽やかな存在だ。

彼の話すことはまったくラディカルな非二元で、実にすっきりしている。

半端な表現に対する鋭い見方を、リックは隠そうとしていなかった。トニー・パーソンズのように名指しでこてんぱんにやっつけるということはないが、著書のなかのインタビュー部分にあった表現にはドキッとした。こんなくだりだ (かなり要約) 。

非二元の本はあまり読みませんが、何人かの本は読みます。ジェフ・フォスター、トニー・パーソンズ、ネイサン・ギルの本は共鳴するところがありますね。認識がもたらす興奮を感じます。鏡に映る自分の姿を見てびっくりするような感じです。

でもそれ以外には共鳴する本はほとんどありません。世の中に出ているほとんどの本は、私にとってまったく我慢のできないものです。クズの方が人気があるようですが。「非二元」風に書かれたものはたくさんありますが、そこに「ハウツー」の要素がこっそり混じっています。それが我慢できないんです。

だが、このようなことを言いつつもぶった斬りの冷たさは全然なく、どこかに暖かさが感じられる。

医師としての仕事が忙しいことは知っていたから、次の著書が出るのを期待していたわけではない。それにミーティングの予定もなく、それを期待していたということもない。以前は受けていたインタビューも、ここ数年は新しいものは目にしていない。

だから、リックが亡くなったと言っても、自分がただちに何かを失ったということはないはずだ。それでも、インタビューで質問された瞬間に、「なぜ自分はこんなところに座ってこんなことを聞かれているんだろう」という感じの不思議な表情をするリックの生の声にもう接することはない、ということに大きな喪失感を覚える。

一ヶ月ほど前に、SANDカンファレンスを主催しているNeti Neti Mediaがリックにインタビューしたそうだ。それが来年DVDになるという。最後のインタビューになるという予感はあったのだろうか。

広告