ベンジャミン・スマイスのザ・テスト

 
ベンジャミン・スマイスのウェブサイトに、バイロン・ケイティのワークに似ている興味深いワークが紹介されていた。本人の許可を得て、翻訳した。紹介したい。The Testと名づけられている。

原文: The Test: A Tool of Inquiry (pdf)

== 以下、翻訳 ==

ザ・テスト: 探究のツール

これは1年前につくったものだ。バイロン・ケイティのザ・ワークに影響されてつくった。バイロン・ケイティのザ・ワークは、人生のいろいろなストレスを解消するために自分でも活用している。僕が経験のなかで気づいたことは、望みというものはつねに働いているということだ。それから、それを変えることができることにも気づいた。すごい! バイロン・ケイティのザ・ワークは、思考を信じたときに何が起こるかということを探究するものだ。僕の「ザ・テスト」は、休みなく働いているこの願いの力に気づいて、それをうまく使うというものだ。

ザ・テストのプロセスは、次のような原則を土台にしている。

1. 願っているのは自分だ。自分の願いは自分で変えられる。
2. 望みと感情はつながっている。何を望んでいるかということが、自分の感情的な経験の直接的な原因になっている。
3. 当たり前だが、現実とは実際に何が起こっているのかということを表す基準だ。

することは、紙を1枚用意して次の質問に答えるということだけだ。

1. 自分の願いは何か?
例: 肩の痛みがなければいいのに。

2. 現実は?
例: 肩が痛い。

3. 願いと現実が違うとき、どう感じるか?
例: がっかりだ。もっと悪くなるかも。痛みのせいでまずいことが起こるかもしれない。

4. 実際に現実であることを願うことができたら、どう感じるか?
例: 肩が痛んだらいいのに。

僕は笑ってしまう。それは現実がそうなっているからだ。笑ってしまうのは、願いがすぐに叶うからだ。笑えるのは、この願いはばかげているのに、それでも、そのばかばかしさのなかにはストレスも苦しみもないからだ。とっぴな願いとしか思えないことを願った結果、気づくのだ。そこに花が咲いているということに。なぜそうなるのかは僕にはわからない。でも、このザ・テストがもたらしてくれる明晰さに僕は夢中だ。

備考

  • 願うふりをしてもダメだ。心から願っていなければ、自分にはわかってしまう。質問4に答えるときは、願いの力を実際に現実に向ける必要がある。それができないときは、すでにある状態がそのまま手に入るだけだ。

  • 友人にこう言われた。「うーん、でも、肩が痛んだらいいのにと本心では願っていなかったらどうなる? 自分に嘘をついているだけなんじゃないの?」 ひとつひとつの願いは、それに応じてそれぞれ異なる感情的な経験をもたらす。だからここで意味がある質問は、「この願いは自分に何をもたらすだろう?」という質問だけだ。

  • ザ・テストから僕が学び続けていることは、感情面で経験していることが望ましくないときには、望みを変えればすぐに気分が高揚するということだ。ザ・テストが本当にうまくいくということに、僕はまだ驚いている。テストは何度やっても楽しみで、現実に起こっていることを願ってみるたびに自由が下の方から湧き出てくるのを感じる。バーン、やったあ!ほら、ね。ほんとうに見事。

  • 僕の場合は、質問4で何が起こるかを感じて、その経験で終わりにする。何をしたかに気づき、自分がそれをしたということに気づくだろう。気づかなければ、気づかないけど。

== 本文は以上 ==

バイロン・ケイティのワークもそうだが、これは実際にやってみないとわからない。確かに笑ってしまう。

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