ナチョ・サットサン グレッグ・グッド

 
グレッグ・グッドが10年以上前に書いた、かなり古い文章を紹介したい。ニューヨークでの集まりを始めてから2年しか経っていない頃のものだ。

Nacho Satsang

== 以下、翻訳 ==

ナチョ・サットサン

ナチョうま! トルティーヤチップとまったく同じで、内側も外側もないってことがわかったぞ。
ジョン・エバンス (禅仏教徒、サンディエゴ)

豆と一緒にスプーンもポットに放り込まないとだめだ。スプーンをつっこんでしまわないと、その絶え間ない自己監視が止まることはないんだ。
マイケル・ロスカー (サイキック・エナジェティクス・ヒーラー、ニューヨーク)



僕らはナチョ・サットサンを開いている。毎週火曜日の午後6時に、この2年ほど、マンハッタンに集まっている。アルナーチャラでもボンベイでもリシケシでもなく、タコシナ、サマリタス、ブリトービルといったレストランが僕らの行き先だ。ブリトービルが皆のお気に入りだ。ナチョス、タコス、ブリトー、コーンチップ、フリホーレス・レフリートス、サワークリーム、グアカモーレにホットソース。飲み物はメキシコのハリトスの炭酸飲料で、パイナップル味、タマリンド味、グアバ味、ストロベリー味、フルーツパンチ味がある。注文してからカウンターに行って、食べ物を受け取って、腹におさめる。僕らの会話は奥行きがあってうちとけたもので、とても興味深い。その会話をこの食べ物が飾る。感情、エゴ、自己、グルに対する愛、観照の確立、気づきの非局在性といったことについて、僕らは話す。


この集まりにはカリスマ的なリーダーはいないし、公認された教えのようなものもない。オープンに率直に民主的に探究をして、友人間で話をするだけだ。二人しかいないときもあるし、四人とか五人の時もある。隣接三州から誰かがやってくることもたまにはある。インドでの探求の旅から戻ってきたばかりの人が、その流れを遮断しないようにと、サットサンが盛んなボールダー、セドナ、バークレーのような地域に向かう途中に、ニューヨークに立ち寄るというパターンも結構ある。

ナチョはサットサンを素晴らしいものにしてくれる。レストランにはいろいろな状況もあるし、便利な物もある。いろいろなものが見えるし、小道具もある。無限に循環するナチョの皿という非二元性がある。チップスは物質的な身体で、ホットソースはグル、塩は観念や悩みという装飾物、壊れやすいプラスチックのスプーンは厄介な小さな自己で、人はそれをスプーンですくって捨てようとする。エゴの最後の痕跡を消すためにどんな手法が使えるのか、ということを誰かが尋ねる。すると、自分の皿にひっきりなしにスプーンをつっこみながら、僕の友人のマイケルがとても優しい表情でその人の目を覗きこんで、こう言う。「そんなふうにはできないよ。全部まとめてなくならないと! ためらわずに全身で向き合うんだ! スプーンを使おうとしているだろう! そうじゃなくて、豆と一緒にスプーンもポットに放り込まないとだめだ。スプーンをつっこんでしまわないと、その絶え間ない自己監視が止まることはないんだ」

パパジの住むラクナウに一ヶ月滞在して、インドから帰ってきたばかりの人が集まりに来た。「パパジは最高だ。パパジの葬儀には出たんだけど、彼のエネルギーで自分を満たそうと思ってまた行ってきたんだ。すべては〈意識〉だって言われているけど、なかには特別な存在もある。〈意識〉はパパジと一体で、〈意識〉はパパジから生じるんだ」と彼は言う。「悟るよりも、パパジと一体化する方が僕はいいね」とまくしたてる。

「そうすればいいじゃないか」と僕らは言う。

「ええと、それは無理だ。まだなんだ。そうなりそうなところまで行ったんだけど。ちょっとの間、本当にそうなりそうだったんだ」

そこで、僕らはナチョの皿を指さして、手をそのまわりで回転させながら、こう尋ねた。「〈意識〉はあらゆるところにある。そうだね?」

「そうだけど・・」と話の続きを待つ彼。

僕らはタバスコの瓶をテーブルのいちばん端まで滑らせ、それを指してこう言う。「でも、あっちにしか君はパパジを認識できないってわけだろ?」

「そうなんだ!」輝くような笑顔を見せながら、彼は言う。

僕らは今度はナチョにかかっているグアカモーレ (アボガドのソース) を指して「〈意識〉があらゆるところにあって、〈意識〉がパパジと一体なら、パパジもこのソースのなかにいるってことになるね?」 と言いながら、チップをそのグアカモーレにつけて、それをかじる。

彼は数分考えてから「うーん、えーと、そうだと思うけど」と納得していない様子を見せ、それから少しがっかりした感じで言う。「でも、僕は自分がどこに行っても自分のハートでパパジを感じたいんだ」

僕らはすでに食べ終わっていて、ナチョの皿の一箇所をきれいにする。タバスコの瓶をその皿の上にドンと置く。「たぶん、」と僕らは言う。「〈意識〉がパパジだけに制限されていると見るだけじゃなくて、〈意識〉としてパパジは無限だというふうに見ることもできるんじゃないかな。パパジが君から離れることも、君がパパジから離れることもできないんだ、と」

今度は考えこまずに「そうだね! それはいい考えだ! そうすれば、僕はパパジと一体になることになる」と彼は言った。僕らは皆でハイファイブをした。それからソーダを飲み干して、トレーを返却口に戻してから、皆とハグをし、そして別れた。

== 翻訳は以上 ==

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