This Is It リチャード・シルベスター

 
リチャード・シルベスターのウェブサイトのトップページに、短めの文章が紹介されている。彼のメッセージを要約したものと考えていいようだ。

彼のサイトはあと数日、今週中くらいにリニューアルされる予定らしく、これが残るのかどうか分からない。リニューアルを待とうかと思ったが、なかなか面白いため、翻訳の許可をもらった。3回か4回かに分けて紹介したい。

== 以下、翻訳 ==

これがそれだ。これで十分だ。

この短い言葉「これがそれだ。これで十分だ」で、解放を言い表すことができる。一体性が認識されるとき、〈これ〉があるものすべてなのだということだけではなく、これで十分なのだということも同時に理解される。分離という覆いによって、人は日常を平凡であると感じ、何かもっと面白いことが起こることを強く願うのだが、その覆いが存在していないとき、ありきたりなことは、意識の素晴らしい遊戯へと姿を変える。

一体性を認識することによって、探求は終わる。なぜなら、日常が奇跡であることが認識されるとき、人生を刺激的なものにしてくれるような何かを探し求める必要はないからである。これが、自分が一人の人間であるという感覚が落ちたときに、深くやすらぐと共に、風に揺れる葉の音を聴いたり、湖面の波紋を眺めたり、挽きたてのコーヒーの香りを嗅ぐといったシンプルなことが楽しめるようになる理由だ。

スピリチュアル遊園地

もちろん、スピリチュアルの探求という遊園地で時間を過ごすのは、とても愉快なことだ。そこでは希望や目的が見いだせるし、同じような考えをもった友人やカリスマ的な教師たちと共に過ごせるし、余ったお金を使うこともできる。それに加えて、誕生から死までの時間が変化に富んだものになるし、もしかしたら、一抱えのワクチンやリュック一杯の下痢薬を持って、魅惑的な国へ旅することもできるかもしれない。

しかし、探求することによって、探しているものが見つからないことも保証されてしまう。なぜなら、探求によって人は今に存在することができなくなるからだ。「悟りの秘密」を、どこか遠い場所でいつか未来の日に見つけようとしている限り、たった今、まさにこの場所ですでにそれが実現していることに気づくことができなくなる。〈これ〉は、最初から、人が探していたそのものであり、約束の地であり、希望の楽園なのだ。だが、このことが認識されるのは、分離という感覚がなくなった時だけだ。自我が存在しているとき、その自我の神経症と、注目を求める絶え間ない叫びとで濁った視界のせいで、〈これ〉が最初からそれなのだ、ということが認識されることはない。

もしあなたがスピリチュアルな探求をまだ心から楽しんでいるのであれば、これを読むのを今すぐにやめて、ノンデュアリティの話を二度と聞きに行かないと心に誓った方がいいだろう。というのは、ここに書かれていること、あるいはミーティングで話されていることが真の意味で聴かれたら、スピリチュアルの探求は終わってしまうだろうし、「あなたの頭は虎の口の中にある」ことになってしまうからだ。もしそうなったら、逃げ道はなくなる。

== 翻訳は以上 ==

最初のThis is it.の部分だが、これをリチャードが話している録音がYoutubeにあった。彼が冒頭でThis is itと言い切るとき、そこには何の解釈も許さない厳しさがあるのだが、同時に優しさも感じられる。何度も聴いてしまった。

Richard Sylvester – This Is It.mov

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This Is It リチャード・シルベスター」への2件のフィードバック

  1. ヒロさん、初めまして。
    いつも興味深く読ませていただいております。
    本当に素敵な翻訳、体験情報をありがとうございます。
    リチャード・シルベスターさんのことは初めて拝見しました。
    前回、今回とも記事を読んでなぜか涙があふれてきました。
    「出会いに感謝☆」とかよく言われるけど、瞬間本気でそう思ってしまい・・・。
    コメントとか残すの苦手なんですが、思わず書かせていただきました。
    今後ともよろしくお願いします。

  2. Haruさん、コメントありがとうございます。

    実は僕も彼のメールを読んだ時、うるうるしました。が、改めて読み直してみると、けっこう事務的で、そうなる理由はありません。

    不思議ですが面白く感じました。

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