ボスキャッスルロードのNDA

 
トニー・パーソンズのレジデンシャルが終わった翌日は、宙を歩いているような浮遊感と身体のエネルギーの根っこを抜かれたような虚脱感があり、ホテルの部屋でほとんどじっとしていた。

次の日、朝からロジャー・リンデンとの1対1のセッションに出かけていった。トニーのレジデンシャルについて「とにかく疲れた」等と感想を述べていたら、ロジャーがそういうストーリーを真に受けておらず、フォーカスがどこか他のところに向けられていることが感じられた。

それがどこなのかは分からないが、人間を相手に話している気がせず、変なスペースに向かって話しているのかな、そのうち、あれ、自分も変なスペースだったのかな、などという妙な気分になり、頭の中で自分のストーリーに急いで戻った。

この妙な感覚はウンマニのミーティングでも強烈に感じたことがあり、それが何なのかは分からないが、その時も必死にストーリーをかき集めて、あたかも自分を組立て直すような作業をしたことを思い出す。

この妙な感覚が去った後、あの感覚にもっと預ければよかったかな、という思いも出るが、結局そんなコントロールができるわけもない。

途中、ロジャーが話しているときに自分が呼吸を止めていることに気づき、それを言うと、「人の話を聞いているときに呼吸が止まるということはよくある。呼吸が止まっている時は、思考が活発になっていて、話を聞きながらもそれを批判したり、他のことを考えていたりする」ということだった。

ただ、だからといって「呼吸を意識したほうがいい」とはならず、「呼吸を意識することが起こったり、呼吸をまるで意識できなかったり、そのようなことはただ起こる」というのがノンデュアリティ。

午後、こどもに土産を買うために街に出て、ついでに自分の靴も買う。

靴屋の店員のお兄さんがとてもいい感じの人で、気持よく買い物をした。この人のようにいい感じで意味を感じつつ生きていければ、アドヴァイタだの覚醒だのという馬鹿馬鹿しいことは全然必要ないのになあ、と強烈に思う。

このような感想は探求者の間では共有されているようで、この日の夜に出たロジャーのミーティングでも、「プレミアリーグのフットボールのゲームを見ていても本当には楽しめず、探求が起こってからは何かが足りないという感覚をぬぐうことができない。しかも、探求が終わるかどうかは自分のコントロールを超えていて、どうしようもない。ミーティングに来ても何になるわけでもないし」と言った人がいた。

ロジャーはこれに対して短く「yes」と言った後、「ある意味でこれはNDA、Non Duality Anonymousかもしれない。AA(アルコホーリクス・アノニマス)ではなく、NDA。」

皮肉な感じの笑いが起こった後、深く沈むような静けさが続き、徒労感が増した気がした。

ミーティングの終わりに、昨年フィンドホーンのロジャーのプログラムで一緒だった人と、「ここにいるってことはお互い探求は続いてるってことか」などと目を見合わせながら少し話した。

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