中野真作さんのお話会に参加して

 
二週間ほど前、大阪でスペースまほろばの中野真作さんのお話会に初めて参加しました。

スペースまほろば

中野さんは20代で覚醒体験をされた後、気づきを深められてきた方です。90年代半ばにダイヤルアップ接続をして1分10円をプロバイダに払っていた頃に、僕は彼のウェブサイトを拝見していたのですが、また昨年になってアジャシャンティか何かのことを検索していてサイトに再会しました。

覚醒、悟りについて継続して発信してこられたようですが、最近になってお話会というものを始められたということで、新鮮な興味をもっていました。日本版サットサンのようなものかなと想像しつつ、新大阪に向かいました。

2時間のお話会は、決まったフォーマットのようなものはないそうで、この日は結果的に瞑想もエクササイズもなく、少人数での対話が続きました。

「覚醒者」という種類の人たちに初めて会うことは常に僕にとっては興味深いことです。

自分が誰でもないことを知っている誰かに会うこと、自分が自分と思っている自分が実はそうではないことを知っている誰かの眼差しにさらされるという経験は、本当に面白いことです。

この日も、そんな面白さを終始感じ続けました。

話の内容の細かいことはもう思い出せなくなっているのですが、印象に残っているのは、中野さんのとても優しい物腰と、控えめにも聞こえる言葉の端々にときどき現れるとてつもない確信との対照です。

それは、ソフトなマッサージを受けて、受けているときはそれほど感じなかったのに、帰り道や翌朝にとても深いところに効いていることに気づかされるのと同じような感じにつながった気がします。

それから身体について語られたことも印象に残りました。

個としての分離というものは思考レベルだけでなく、身体レベルに深く根をおろしているのだという意味のことが話されたとき、かなりドキっとしました。それは、身体というものは見かけ上の世界の知覚、感覚のひとつにすぎないと観念的に切り捨てがちな僕にとっては痛い指摘であり、その語り口が優しいだけにあまり抵抗することもできず、ただうなずくしかありませんでした。

特別な用語が使われることもなく、妙な観念体系も当然登場せず、これは最近毎月のように非二元、アドヴァイタのミーティングに出かけている身としてはまったく当然のことと受け取りがちですが、考えてみれば日本でそのような話ができる機会は稀なのかもしれません。

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