現象の復讐

 
3月11日以降の我を失ったような状態から、ようやく「平常化」しつつあります。

自分にとっては、この三ヶ月とその前数ヶ月を振り返ってみると、現象の否定と復讐というテーマが浮かんできます。

3月の東北大地震の前の月、W先生の会に出たとき、その日はたまたまだったと思いますが、現象の世界の話に終始しました。その時はカリフォルニアでのルパート・スパイラのリトリートから戻った直後だったということもあって、「私」も「マインド」も「エゴ」も「世界」も全部架空の存在であるというモードになっていたため、あまりに現象寄りに思える話を聞いていて、かなり違和感を感じました。

その会の前から、いわゆる分離した個のストーリーというものを全否定するようなモードに自分があったのかもしれません。

ともかく、それをきっかけに、「私」の存在を前提とした話すべてを拒否するような極端な位置(位置があること自体、「私」が前提になっているのですが)に居続ける態度が強まりました。

そのタイミングで3月の大地震が起こり、その日の夜から余震への恐怖、原発の放射能への恐怖で自分がいっぱいになるという日々が続くようになりました。それまで毎日のように読んでいたアドヴァイタ、非二元の本には手をつけることもなくなり、一日中ネットで原発ニュースや地震の予言や宏観現象の報告などをあさる日が続きました。日月神示やアセンション系の情報にも、飢えた動物のように喰らいつきました。

それが、4月のルパートのイギリスでのミーティングと、5月のオランダでのミーティングを経過して、ようやくそういう我を失った状態から多少冷静に戻りました。

それで気がついたのが、これが自分にとっては圧力鍋の爆発のような、現象による復讐だったということです。

現象をすべて架空のもの、あるいは架空の存在である個がその参照点からみているストーリーだとして否定しつくすという態度がまったく不自然だということが暴力的に示されたという意味での復讐だったと思います。

あふれる情報の中で完全に自分を見失っていることに気づきながらも全く抜け出せないという、本当にみっともない自分の有様にどうしようもなく気付かされる体験でした。そこまで見せられて初めて、生を観念的に否定することの誤りに気づかされました。結局、生の否定、現象の否定という形でマインドの動きに見事に同一化していたということだと思います。

だから何を得たという話ではないのですが、自分のみっともなさ、世界のどうしようもなさということを引き受ける事というのが、自分にとってはこれから続きそうなテーマだなと感じます。(と最後はまとめたくなる傾向も、気がついたらすぐに戻ってますね)

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