一瞥の性質 ルパート・スパイラ

 
昨秋から非二元に関するミーティングやリトリートにいくつか参加し、自分にはとても気になったことがあります。

それは、覚醒体験、いわゆる一瞥(glimpse)と言われるような、自分が存在していないリアリティを垣間見る体験をした人たちが結構いるようなのですが、そうした人たちの探求がまったく終わっていないということです。

中には30年も前の体験の再現を求めながらいろいろな道を彷徨っている人や、明らかに精神的な安定を失っているように見える人たちもいました。

先日参加したルパート・スパイラのリトリートのときに、それに関連した質問が出ました。なるほどと感じたので紹介します。

Q. 一瞥の体験の後、理解に至らず、その体験をまた求めてしまうのはどうしてでしょうか?

A. エゴは、一瞥というものが時間を超えたものであるということを理解できず、それを時間の中の体験の対象物(体験できるもの)として理解してしまいます。体験の対象物だからそれを再現すればいいのだ、と思ったり、対象物なのであればそれをもっとよく理解すればいいのだ、と思ったりするのです。でも、そのうちに、エゴにとっては答えがないのだという点に至り、そのとき何かが浸透します。

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