一体性とは ルパート・スパイラ

 
ルパート・スパイラによる非二元性の解説を紹介するシリーズ、今日はOneness(ワンネス)です。

Oneness

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一体性

私たちの経験はいつでも完全に一体です。それは、純粋な存在、経験、認識、意識です。

経験はいつでも一体であり、そこにおいては経験する主体も、経験される物、場所、人、世界といったものも決して存在していません。

一体性を分離させ、知覚する主体と知覚される客体とに分けているように見えるのは思考であり、また、この思考というのはそれ自体、一体性がそのときどきに形をとっているものです。

この分割、分離させる思考によって、一体性は身体感覚の小さな群れというそれ自体のひとつの断片と同一化するようになり、その結果として、身体のなかに身体として位置しているように感じられるようになります。

一体性に固有の「私はいる」が「私はこの身体だ」となり、他のすべてのもの、つまり一体性のなかで身体ではない部分、すべての他者を含む世界というものは、「私ではないもの」になります。

それはあたかも、テレビ画面に千人の人が映っているときに、テレビ画面が「映っているなかで、一人の人の中にだけ私は存在している」と心の中で考えるようなものです。

といっても、このように見かけの上で一体性が二つのものに分離しているということがとてもリアルに感じられるとしても、それは実際には一体性そのものの中に現れる現象であるにすぎません。

一体性とは、見かけ上の分離した「私」と、それとは分離しているように見える世界であり、またそれらを分離させているように見える架空の境界線でもあるのです。

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