アドヴァイタとは ルパート・スパイラ

 
ルパート・スパイラの概説を翻訳紹介するシリーズですが、今日はAdvaita(アドヴァイタ)です。昨日の「非二元(Nonduality)」と似ていますが。

Advaita

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アドヴァイタ

「アドヴァイタ」はサンスクリットの言葉で、文字通り訳すと「二つでない」という意味になります。

私たちは通常、経験は経験している人と経験されている何か(物、世界、他の人)とに分かれていると考えています。

アドヴァイタあるいは非二元で表されている理解は、経験そのものの実際を単にはっきりと見てみるということに基いたものです。アドヴァイタでは、経験が二つの部分、経験するものと経験されるもの、主体と対象、「私」と「他のもの」には分かれていないと理解されています。

アドヴァイタでは、経験するものと経験されるものは、経験することそのものという一つのことだと考えられています。主体と対象は崩壊し、その両方の共通の源泉であり実体であるものになります。

この共通の源泉・実体は、対象物ではないために、感覚で知覚されることも、マインドによってとらえられることも決してありません。この「源泉であり実体であるもの」をかすかにでも対象物であると考えてしまうのを避けるため、古代の賢者たちはこれを唯一性とは呼ばず、アドヴァイタ、「二つでないもの」と呼びました。

アドヴァイタでは、経験の「源泉と実体」とは、私たちの自己の本質であり経験のなかで「私は在る」ということをよく認識しているものである意識/存在であるとされています。

言い換えると、アドヴァイタでは、経験されるものすべての究極の実在が、私たちの自己の究極の実在と全く同じものであると理解しています。

「二つのもの」は存在しません。あるのは実在、存在、意識のみです。

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