あぶり出し ウンマニのミーティング

 
昨日参加したウンマニのミーティングについて一度書いたのですが、どうも違う気がして一回消して、書きなおしています。

ミーティングの最中に、あぶり出し、ギャップ、コントロールというような言葉が頭をぐるぐると巡っていました。

それらについて書こうとすると、小綺麗にまとめようという思考が出てくるのですが、それに従うとまた消すはめになりそうなので、やめておきます。

昨日は10人弱の参加者のうち僕も含めて7人が前に出ましたが、共通していたように感じたのは、ギャップを避けてコントロールしようとする傾向です。ギャップというのは、行動や思考の間に生じる「からっぽ」の隙間ですが、僕自身なぜかこの傾向が強くなっているのをこの数ヶ月感じていました。

以前は何かをしていないと気が済まないことが多かったものの、寺山心一翁氏のワークショプに出たり、フィンドホーンの体験週間に参加したりした後、何もせずにぼーっとしている時間が増えていました。

それが、ここ数カ月は以前はあまりつけなかったテレビをつけたり、家でも音楽を聞いたり、PCや携帯に向かったり、本でも何でも読むものを探してからトイレに行ったりという感じで、ぼーっとすることが減りました。

明らかにそういう隙間を避けているなという自覚が出てきたのは最近ですが、それに気づいても、隙間を埋めるのは止められないでいます。

昨日、ウンマニに向かい合って座った人のほとんどが多分同じ傾向をもっていて、そのことが明確にあぶり出されていたように思います。

そして、今これを書いている時点で思うのは、自分は何か、現実の本質とは何か、という探求自体も、この隙間埋めの一つになっているんじゃないかということです。

特に思考で理解したいとか、自分が何を分かっているのか分かりたい、整理したいというようなコントロールの欲求が強く出るために、探求そのものが、現在の回避、ありのままの回避につながっているのかなということです。

それが、自分がいまやっていることが何か違うんじゃないかという、ここ数日感じている感覚とも関係している気がします。

最後は、誰がやろうとしているのかということが問題なんだと感じますが、そんなことに気づかされた気がするミーティングでした。

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