教師は必要か? ルパート・スパイラ

 
ルパート・スパイラ(Rupert Spira)のサイトのQ&Aを紹介していますが、今日はグル(教師、先生)についてです。

47) Is A Teacher Required? (OASG 55)

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教師は必要か?

Q. あなたがチャッキーに返答された中に、このようなくだりがありました。

「クローディアに昨日伝えたように、覚醒の後で幸福が永遠に続くと期待するのは浅はかなことです。マインドと身体はたいてい復讐をしに戻ってきます。資質のある教師が手助けをする ― 古い感情パターンの当惑するような再登場を解釈したり、より重要なことですがマインドと身体が新たな目覚めに伴ってゆっくりと再調整されることを助けることの両方において ― ことができるのはこの時点においてです。もしそうした教師がいなかったら、ほとんどのケースにおいて古い習慣が優勢になるでしょう。」

ここで教師の手助けと言われているのは、物理的に教師のところに行って共にいるという意味でしょうか?

A. はい、チャッキーが言っていたその特定の状況に関して言えば、彼が経験していたことを自分でも経験し理解している誰かと直接的に接触することが、そういう状況を適切に解釈することにつながり、また彼の今後の生活で起こることがらに順応する助けになりえます。別の言い方をすれば、この場合は教師と接触することが、マインドや身体や世界の通常の見かけや機能といったものと覚醒とを調和させ安定させる助けになりえます。

こうした指導がないと、こういう覚醒の瞬間は往々にして(決して必ずというわけではありませんが)誤って解釈され、その人のそれ以降の人生は郷愁と切望の状態の中で何十年ものあいだ費やされかねません。

Q. 教師がいないとしたら、まったくついていないという意味なのでしょうか?

A. あなたがついていないということはありません。逆に、誰かに起こる可能性のある中でもっとも幸運なことがすでにあなたに起こっているのです。それは、真理の本質というものに対する深い興味があなたのハートで点火されているということです。

あなたは教師と共にいることを望まないかもしれませんし、教師と共にいることはできないかもしれません。それでも、あなた自身と常に一緒にいることはできます。あなた自身の存在はいつでもあなたと共にあります。それと離れていることが果たして可能でしょうか?それがなかったらあなたは何でしょうか?

もし私から何か薦めることがあるとするならば、それがあなたをどこに導こうと、どんな度合いでそれを感じていようと、真理への愛と興味に従ってくださいということです。もしあなたの興味が控えめなものだとしたら、それに少しの注意とエネルギーを向けてください。もし深く興味をもっているならば、すべてを捧げてください。もっとも簡単で楽しめそうに思えることをしてください。それはあなたの経験の真実に気づき、探らせるものになります。

もしどこかの時点で自分の興味と理解に従った結果として、この真理の理解を真に生きている人と共に過ごしたいという気持ちが出てきたら、それに従ってください。

これは私自身の経験ですが、真理への深い愛が心をとらえると、言ってみれば宇宙は向きを変えてこの愛と協力します。邪魔するものは何もなくなります。以前は邪魔になっていたように見えていたすべてのことが、今やそのかわりに助けてくれます。扉は開かれます。

このような場合、宇宙はその人の真理への愛にもっとも貢献するような形で現象となってあらわれ、それには教師との出会いや友情ということもときに含まれます。

究極的にはすべてが等しく実在の表現です。これが明白になると、教師をもつべきか否かという疑問は生じません。

しかし、このことが明白でない状態においては、教師というのは実在が私たちの人生に現れ得る中でもっとも強力で効果的な形態のひとつ(多分「もっとも」と言い切っていいでしょう)です。

本当の教師は人であることは決してありません。でも私たちの大半にとっては、このことを分かるためには友人が必要なのです。

(Q&A以上。回答の冒頭部分は内容に関係ないため一部割愛)

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最後に「友人」という表現がありますが、ルパート・スパイラは自分のグルであるフランシス・ルシールを「teacher and friend (教師であり友人) 」と呼んでいます。

ちなみにルパートはイングランド在住で、フランシスはフランス人ですがカリフォルニア在住です。ルパートの探求の最後の過程で国境を超えてどのような関係がもたれたのか興味がありますが、他の人のことを参考にするのではなく、上のQ&Aにもある通り自分の道に従うしかないということなのでしょう。

グルについては、「グルの役割」でも触れています。

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