静寂と愛と理解の伝播 ルパート・スパイラ

ルパート・スパイラ(Rupert Spira)氏には、SAND 2010(Science & Nonduality Conference 2010)で初めて接して強い印象をうけました。彼はイギリス人で、アドヴァイタの覚醒者・教師です。そのスパイラ氏の著作やDVD、ウェブサイト(rupertspira.com)の文章、サットサンの録音などをここ数週間読んだり見たりしています。

特にウェブサイトにあるQ&Aには興味深いものが多い気がします。ルパート・スパイラ氏の承諾を得たので、そのいくつかを翻訳して紹介してみようと思います。

そもそも分かっていない自分が字面だけをみて翻訳しても本来の意味が伝わらないのではという気もしますが、どうにか自分なりにやってみます。

まずは、Q&Aの200番のこれです。
200) The Transmission of Silence, Love and Understanding

静寂と愛と理解の伝播

Q. スピリチュアルなエネルギーは探求において助けになるでしょうか? 私はよく霊的な場所を訪れます。インドの有名な聖者の墓がある場所です。そうした聖者は肉体としては存在していませんが、私はそういう場所に行くと強いバイブレーションを感じます。聖者が肉体として存在していないとしても、こうした体験は探求者を助けると思いますか? 聖者の写真を見るだけでも私の身体は振動しはじめるのですが。

A. どんな形であっても、それが建物であれ、物体であれ、一曲の音楽であれ、絵画や彫刻であれ、書かれた言葉や話される言葉であれ、それがこの理解(訳註:非二元の理解)から生じたものであれば、そこにはこの理解が浸透しています。それが生まれた際にそこにあった静寂と愛は、それに触れる人に伝わります。

同じことは人物にもあてはまります。もし静寂と愛と理解がその人に現存していれば、それは伝わります。

この静寂と愛と理解は一種の共鳴によって伝わります。ピアノでラの音を弾くと、同じ部屋にあるバイオリンの弦が共鳴し始めるように。

実際、このようにして教えは伝えられます。教えにおいては言葉は単なる包みであり、静寂と愛と言葉を超えた理解こそが教えの本当の内容です。

これが教師との関係の本質です。スーフィーのIrene Tweedieがかつて私の友人にこう言いました。「私のところに来て一緒に過ごしましょう。私の幸福はあなたに伝染することでしょう!」

ですから、この静寂と愛と理解を喚起するのであれば、それがどんな人であってもどんなものであっても、なんとしても接するようにしてください。ただし、物や人や場所を、あなた自身の存在の宝であると取り違えることがないようにしてください。

そのうち、あらゆる物体、場所、人々などが、それらがこの実在(Presence)であることをまず告げるようになります。すべてが「私はここです。私はあなたです」と歌い、そのとき、選んで求める必要は消え失せています。

このことが分かりはじめた場合でも、私たちは同じ物体、場所、人々を求め続けているかもしれませんが、それは必要や欠如のために求めるのではなく、愛や喜びに基づいて求めているのです。

(Q&A以上)

回答の後半部分は少し僕には分かりづらいのですが、前半はかなりクリアだと思います。これを読むと、陶芸家であるルパート・スパイラ氏の作品に接してみたい気持ちがより高まります。

また、最近以前よりも自然の豊かな場所に強く惹かれているというのも、意味があることなのかなという気もします。

それから、共鳴で伝播するとしても、自分が特定の共鳴を許さないような状態にあれば、何も伝わらないのだろうとも感じます。その意味ではなかなか難しい話でもあるのかもしれません。

広告