セックス、ドラッグ、アルコール、瞑想

カリフォルニアで行われているScience and Nonduality Conference 2010(SAND 2010)というカンファレンスに参加しています。Nondualityとは非二元性のことで、その理論が非二元論(Non-dualism)と呼ばれるようです。

欧米のアドヴァイタの「グル」、伝統的な非二元論の研究者、物理系の科学者などがスピーカー一覧に名を連ねていて、6日間に渡って様々な講演やセッションが予定されています。今回はジェフ・フォスター(Jeff Foster)、アジャシャンティ(Adyashanti)、フランシス・ルシール(Francis Lucille)が出るということで、一箇所で何人もの教師たちに会える機会はあまりないので、参加を決めました。

今日は、ジェフ・フォスターとスコット・キロビー(Scott Kiloby)のそれぞれの半日セッションに出ました。

ジェフ・フォスターで印象的だったことを書いておきます。カンファレンスが全部終わってからまとめて書こうとも思ったのですが、日が進むにつれて理解が変わっていく予感もあり、リアルタイムに近い形で記録しておくことにしました。

まず、記事タイトルにしたように、「セックス、ドラッグ、アルコール、瞑想」という言葉が興味を引きました。人はそうしたものに夢中になるが、それは自分が分離した個であるという誤った認識から生じることだということでした。彼は原理主義的な一元論者なので、覚醒には道(path)というものは一切存在しないという立場です。なので、瞑想ということも(それが悟りのために行われるのであれば)、探求者と探求されるものという分離を強化するという意味で、役立たないということでした。

また、「壇上で話しているジェフ、それを聞いている沢山の我々という立場にそれぞれあるわけだが、なぜこうなのか?」という質問がありました。これについては、まず「自分は覚醒しているが、あなたたちは覚醒していない可哀想な人たちだ」という認識は全くしておらず、そもそも人は個人として独立した存在ではないので、これは見かけだけの話であるという前提が説明された後、結局ジェフ(というキャラクター)がこのような場所でしゃべっているということについては分からないし、他のことも含めてすべてはミステリーだという彼の見方が示されました。

これと似た質問で、「ジェフを含めて多くの覚醒者には、深い絶望や落ち込みの経験の後に覚醒したという共通点があるようにみえるが、これは必要なことなのか?」というものがありました。この質問に対しては「完全にノー」という答えの後、「そのような誤解が生じることが多いので、こういう立場の人はストーリーを語りすぎることには注意深くあるべき。その人に起こったことはあくまでもその人に起こったことだ」ということでした。

それから、「悟りや覚醒の伝播・伝送 (transmission) は可能か」という質問がありました。これにもはっきりとした No が示されてから、ジェフ自身がグルや特定の教師につくことなく悟った(彼は悟ったという表現は決して使いませんが)ということと、そうした伝授を期待するのは分離を強化するだけで、本来探求されるべきものはすでに手中にあるという真実を覆い隠すだけで、さらに悪いことに伝授を期待する人がいればそれを満たそうとする存在が現れてしまって両者の意図が一致するという現象が表現されるので気をつけるべき、ということが示されました。

ジェフ・フォスターについては、DVDを何枚か見たり、文章を読んだりしていたので、彼の話すことは表面的には聞いたことがある話が多かったという印象ですが、生で見ることに意味があったかどうかはいまいち分かりません。

ただ、話の内容とあまり関係ない自説を半分興奮した調子で繰り返し話す女性に対して、最終的にかなり辛辣なことを言って黙らせていたのは印象的でした。分かっている自分と分かっていない他の人たちという罠にひっかかっている人が多いと何度も指摘しながらのことだったので、特にそうです。

ただし、悟ったとしてもいわゆる一般的な聖人像のように平和で愛にあふれた人格者になるわけでもなく、そのような誤った期待は必ず裏切られるということを強調していたので、それがうまいこと実地で示されたのかなという感じもしました。

ジェフ・フォスターについては、最終日にもワークショップがあるので、楽しみにしています。

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