ディーパック・チョプラは確信犯なのか

ニューエイジやスピリチュアル分野のビジネス面での成功者といえば、ディーパック・チョプラが思い浮かびます。

以前数冊彼の本を読み、入門にはいいかと感じていました。が、彼の来日時の講演を聞いたとき、自分の興味とずれていることを実感しました。

数年前には、ディーパック・チョプラはZriiというネットワークビジネス(MLM、マルチ商法)の立ち上げに関わり(ビジネス的にはずっこけました)、そのこともあって、宇宙人チャネリング系アセンション等のいわゆる「スピ系」のものと一緒に、既に自分の中ではディーパック・チョプラの教えや活動は関心外のものとして扱っていました。

そんな感じなのですが、アドヴァイタ関連の情報でディーパック・チョプラの名前を目にしたので、面白いと思って読んでみました。Spreading the Message of the Non-Dual RealityというQ&Aの記事です。

読者の質問の趣旨はこんな感じです。

「アドヴァイタを知ると、探求者に不要な概念を植えつけるばかりのスピリチュアル系の教えが邪魔になっていることに気づく。たとえば瞑想を行うことが必須だというような教えだ。なぜあなたは、全ては幻想であり、実際には個人もなく、ただみかけの現象が起こっているだけという直接的な真実を伝えないのか?」

ディーパック・チョプラの回答の要点はこうです。

「あなたの書いたアドヴァイタ・ヴェーダーンタの考え方は、私が25年にわたって伝えていることと等しい。付け加えるとするならば、幻想としての世界から抜け出ても、個としての存在が全体性を経験するということは残る。大海に落ちる一滴の水は、自分が一滴の水だという視点を保ちながらも、本来は自分は独立した存在ではなく大海の水そのものであることを知っていることもできる。本当は個が存在しないという気づきはパワフルだが、ただし、ほとんどの人にとっては役立つものではない。役立たないだけでなく、混乱をもたらすものとなる。準備ができている人にとっては問題ないが、これを単に知的に理解するということも誤りのもととなる。意識のさまざまな状態にふさわしい知識というものがある。古い条件付けが手放されたとき、初めてヴェーダーンタの教えに接する準備ができる。」

というわけで、賢い回答という感じではあります。人の理解度や準備度には段階があるというのはニサルガダッタ・マハラジも認めていたところなので、人によってはアドヴァイタの教えは混乱するだけというのも本当でしょう。

ただし僕が感じるのは、グルと弟子の個人的な関係のなかでグルが弟子の状態を確認しながらその段階に応じた教えを授けることと、いかにも受けがよさそうな題名の本を乱発し、すべての読者に「これをすべき、あれをすべき」というメッセージを出し続けるというのはかなり違うことだろうなということです。

と言っても、結局人それぞれの役割と行動はその人が自分で決めているわけでもないので、ただ、こういう現象が目の前に展開されているということを味わっていればいいのかなという感じもします。

追記 (2010.10.18)
髙木悠鼓さんの動物段階-人間段階-神段階の説で考えると、ディーパック・チョプラの教えは動物段階から人間段階に移行しつつあるとき、または人間段階に安定しつつあるときに適用できるのかなと思いました。神段階への移行については、逆に足かせになったりしそうですが、上記の彼の回答をみれば、そのことは自覚してやっていると見ることができそうです。

追記 (2014.6.25)
非二元の概念的な「理解」を振りかざしてチョプラ氏をぶった斬った気になっているこの浅薄な記事は、今読むと大変恥ずかしい。恥ずかしいから消してしまいたいところだが、わかった気になることのカッコ悪さが如実に現れた「悪い例」として残しておくことにした。

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