歌と恩寵

昨日、新月の日に「テーゼの会」に参加して歌を歌いました。フィンドホーンつながりの友人が主催したもので、フランスのテーゼ共同体(Taizé Community)の歌を歌う会です。

これらの歌に初めて接したのは昨年フィンドホーンの体験週間に参加したときでした。サンクチュアリと呼ばれる瞑想室のような空間で毎朝行われているテーゼの時間は、僕にとっては宝のような時間で、歌が始まる前にパート別の席に座った瞬間からハートが何かの予感を感じていました。ラテン語の一見難しい歌詞を歌うのですが、単純なメロディーの繰り返しが多いので、あっという間に瞑想的な状態になったり、強烈に沸き上がってくる何かのせいで全く歌えなくなったりしていました。

昨日はそんなフィンドホーンでのテーゼの時間に最も好きだったConfitemini Dominoも歌えたのですが、場所は都内だったにもかかわらず一気にフィンドホーンのクルーニーカレッジのサンクチュアリの感覚が蘇ってきて、強烈な印象をうけました。

Confitemini Domino – Taizé

テーゼの歌は神を讃えるもので、キリスト教色が強いので、キリスト教徒でない自分にとっては違和感があってもおかしくないのですが、自然にてらうことなく歌えるのも不思議といえば不思議です。

今日、そんなことを考えながらテーゼの曲を口ずさんでいたら、恩寵だ!という感覚に打たれました。

神を讃える歌を歌うことができる恩寵、その恩寵を感じることができる恩寵、神を否定していた時期でさえ恩寵が降り注がれていたという恩寵、世界に美をみることができるという恩寵、幼子の瞳に真実をみて時が止まったような瞬間を味わえるという恩寵、そんな言葉では言い表せない深い恩寵が常にあってあり続けるという感覚。恩寵。

広告