ニサルガダッタ・マハラジのDVDを観て

20世紀のアドヴァイタの代表的グルの一人であるニサルガダッタ・マハラジのDVDを見ました。DVDは何種類もあるのですが、観たのはMoments with Sri Nisargadatta Maharajというもので、彼の晩年に撮影されたフィルムを編集したものです。

結構面白いなあと思ったのですが、それはこんな点です。

  • 住んでいる場所がボンベイ(ムンバイ)でも騒々しい感じのエリアにある広くない家で、ラマナやラーマクリシュナの居所と比較すると到底快適とは言えない雰囲気の場所です。欧米人の信者もそこに集まって床に座って話を聴いています。都市を離れて自然豊かな場所での生活を夢見ている自分にしてみると、これはちょっとと思うと同時に、静かでいられる場所へのこだわりは分離の感覚を強めるだけなのかもという気もちょっとしました。
  • マハラジが英語を話さないので通訳がついているのですが、DVDではマハラジが話している部分にも英語の字幕がついているので、通訳がどのように訳しているかが分かります。意外と勝手に言葉を付け加えたり、強調していないと思われるところを繰り返したり、質問者の質問を意訳したり、そのまま通訳しているという感じではありません。長年の経験により、ひっかかりやすいポイントが分かるのか親切心でしているようにも感じますが、やはり通訳はそのまま通訳してほしいものです。
  • 途中で、マハラジが「どうせこれだけいても数人しか理解できないのだから、もうこの話をしても疲れるだけだ」というようなことを言ってイライラするところがありました。と言ってもサットサンを投げ出すことはしないのですが、「このレベルまで降りてきて話をするのは大変だ」と言いながらそのようなサットサンを1日に2回、死ぬときまで続けたということに改めて驚愕しました。
  • アドヴァイタなので当然ですが、現象界のすべてはマーヤでありそうした非実在の背後にある実在を知るということが教えの基本になっているはずですが、サットサンの前にはグルたちの写真フレームを自らひとつひとつ拭き清めて、さらにバジャンも歌い、アールティもしていました。さらにグルの碑では信者と一緒にプージャを丁寧に行ない、またバジャンを自分も歌っていました。宗教儀式には冷淡なのだとばかり思っていたので、これにはすこし驚きました。もっとも、同じことをしていてもそれがどういう意味をもつのかはわかりません。
  • サットサン中のまわりの人の表情もとらえられていて、特に欧米人が全くわかりませんという感じでポカンという顔をしているのを古株という感じのインド人がニヤニヤしながら「しょうがないねえ」と眺めるという様子は面白かったです。聴いている人の中にはラメッシ・バルセカールの顔も見られ、彼は何も話さずニサルガダッタの近くで静かに座っているのが印象的でした。
  • マハラジ自身は、いろいろユーモアを交えて話しているのですが、サットサンの準備からその最中、散歩光景、外でのプージャなどの様子も含めて、どこでも何の気取りもてらいもなく、完全な自然体であるところが印象的でした。咳き込みながらも煙草(ビディ)を吸い続ける様も、肉体への執着のなさを示しているようで面白いです。

とそんな感じで、なかなか面白かったので、ニサルガダッタの他のDVDも観てみようと思いました。ダグラス・ハーディングもそのインタビューDVDを観て爆笑して、だいぶ印象が変わったのを思い出しました。たぶん、あまり深刻になるなというのが共通して受け取ったメッセージだという感じです。

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