チェンジ・ザ・ドリームシンポジウムに参加して

5月の終わりに札幌に行き、チェンジ・ザ・ドリームシンポジウムに参加してきました。

チェンジ・ザ・ドリームシンポジウム

サイトを見てみれば、「世界を広く見渡せば、地球温暖化を含む環境の破壊はとどまるところを知らず進行しています。また、人種差別の問題は未だ根強く残り、貧富の格差はますます広がる社会になっています。さらには、生きづらさから精神的に追い詰められていく人たちの数は洋の東西を問わず日に日に増えています。」というようなことが書いてあって、これは僕には実はほとんど関心がないというか、むしろ関心を持つことにたいして批判的でさえあるような対象です。

それでもなぜ参加したのかというと、それは今回札幌でのシンポジウムを主催したのがふたこわたるさんだったからです。昨年ある場でふたこさんのお話をきかせていただく機会があり、そのときに環境破壊や大量消費という問題をこれまで自分が考えていた切り口とは全く違うあり方で考えていらっしゃることに感銘を受けました。なので、「ほとんどの市民運動・環境運動は、隠された欲求不満のはけ口であり、極めて不正直・不健全な解消方法である」と日頃感じている僕は、もし好ましい未来を作る異なる考え方、あり方が可能なら見てみたいと今回思ったのです。

一日のイベントだったのですが、こんなことを自分なりに発見しました。

ひとつは、環境、精神、社会というものは分けて考えられるものではなく、分けて考えることにより現在大きく問題となっているような状態が生じているのではないか、ということです。このようなことはよく言われていることではありますが、実際のグループワークにより実感として感じることができました。

もうひとつは、すべての存在が分離しているという幻想(夢、悪夢)から覚めることは可能なのかもしれない、そして、その目覚めによって自分のあり方が根本的に変わるかもしれないという可能性がある、ということです。特に、ビデオに出てくるヴァン・ジョーンズ氏の語る様子を何度も見ていると、覚醒した人の見ているビジョンが伝わってくるようで、かなり感動しました。

そして最後に、敵という存在はいないということです。自然の大量破壊や資源の大量消費をしている存在が敵でないのはもちろんのこと、自分とは違うやり方環境問題を見て一見効果のない方法でアプローチしている人たちも決して敵ではなく、そこに自分との分離を見て自分対相手という構図にはまってしまうことこそが、いろいろな問題を引き起こしているあり方だということです。

シンポジウムでは、分離の夢から覚める方法が具体的に提示されるわけではないし、逆に分離という夢の中でもがいているような環境活動家が何度かビデオに出てきて混乱したりもするのですが、問題の本当のありかを感じられた気がしたという意味では、貴重な学びでした。

広告