野草社、自然生活、エミサリー、女神山

ふと、自分はなぜ今いるところにいて、今していることをしているのかな、と考えてみました。すると、今に至る節目においては、自分で選択したという気分があまりなく、選択したといえば選択したのでしょうが、いくつかのきっかけで流れに乗らされたような感覚のほうが強いことに気がつきます。

僕は高校時代のおわりから大学時代にかけてヒッピーというものに興味をもち、その過程で日本のヒッピーグループ(厳密に言うとヒッピーというのは蔑称だという捉え方もあるので、自称していたわけではないようですが)の「部族」やそのリーダー的存在だった山尾三省さんに惹かれました。

三省さんの文章が載っているということで、野草社が発行していた『自然生活』を購読するようになりました。会社員時代、気分が荒みがちだった生活のなかで、矢追日聖さんや三省さんの記事が載った『自然生活』は大切な避難場所のような意味をもっていました。

その後、何年もたって、畑とか野菜作りということに興味をもった際に、『自然生活』に何度か登場されていた川口由一さんのことが思い出され、自然農のことを調べるきっかけとなりました。そして、昨年自然農塾という場所で、自然農を学び、その途中で藤野町に畑を借りて野菜作りを趣味で始めることとなりました。

それから、1年ほど前のある日、急にエミサリーのことを思い出しました。『自然生活』で取り上げられていたなあという記憶がありました。同誌でエミサリーのセミナーの記事を読んだ当時は、光だとか愛だとかいったことは何やらとても縁がないものと感じられたのですが、マーシャさんの優しい笑顔と共に急に思い出したのです(15年も前に読んだ記事に出ていた名前を思い出すというのも自分では珍しいのですが)。それでネットで調べてみると、2009年の初夏に日本でセミナーがあることを知りました。女神山ライフセンターという場所で行われるということです。

どんな場所かまた調べてみると、女神山は日本のエサレンと言われるような場所だということで、すぐに行ってみたくなりました。サイトをみると、寺山心一翁さんという方のワークショップがあるようです。寺山さんは、調べてみると川口由一さんとも縁があった方のようで、それならということで参加してみました。2月のことです。

そのワークショップは結果的に自分にとっては大きな転機となり、当時の仕事を手放し、寺山さんがおすすめされているスコットランドのフィンドホーンにも行くこととなり、そのおかげで素敵な方々と日常的にたくさんお会いできるようになりました。

そんなわけで、『自然生活』はひとつの大きなキーになっていたことを改めて感じます。いまは発行されていませんが、いまだからこそもっと必要とされるようなエネルギーと光を持った雑誌だったなあという気がします。

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