浮上

 
昨年末から続いていた調子の悪さから、いつの間にか復活していた。

それがはっきり自覚できたのは、今月初旬に参加した穂高養生園でのワークショップだった。自分のことで何ヶ月も頭がいっぱいになっていたことに気がつき、そしてその状態からはすでに抜けていたんだとわかった。

どこで浮上したのかな、と考えてみると、ふたつのことが思い浮かぶ。

ひとつはダグラス・ハーディングの一生をイラストで描いた The Man With No Head: The life and ideas of Douglas Hardingを読んだこと。この本、出版されて以来ずっと読みたいなとは思っていたのだが、ハードカバーで5,000円以上という価格に二の足を踏んでいた。それが、ある日Amazonを見ているとなんと新品で599円、送料を合わせても856円という値段で英国の書店から出品されていた。おそらくは登録時に桁を間違えて入力したんだろう。申し訳ないと感じつつも、チャンスは今だけとすぐに購入した。

一週間後に届いたけっこうな重量のその本を読み始め、没頭してしまった。この本はハーディングの「教義」の紹介である以上に、彼の生涯のストーリーなのだが、その人生のうまくいかなさがどのページでも表現されていた。失望、絶望、そしてまた失望の人生。よくこんな本を作ったなあと思わず何度も笑ってしまうほどの残念感。自分だけじゃないんだと相当楽になり、そこで何かが開かれた感じがあった。

それと、もうひとつは用事で訪ねた近所の郵便局でのこと。六ヶ月か七ヶ月くらいの赤ちゃんがお母さんに抱かれていた。その赤ちゃんは、「あー、あー、あわー、あー」と言いながら、自分の右手のひらを口に当てたり離したりしていた。その様子に接したとき、胸がギュンとなった。ギューンだったかもしれない。それ以上の何かを求めるなどということはまったく思いもよらない、愛に満ちた気持ち。心がとろけた。そのためならすべてを投げ出してもいいという感じ。

「もう良くなりました」とか言ってしまうとすぐにまた転落するのが従来のパターンだから、こんなことは書かないほうがいいよなあと思いつつも書いてしまった。ああ。

おまけ。キリエ・エレイソンのいろいろなバージョン。

The Electric Prunes – “Kyrie Eleison”
大学1年のときにキャンパスの図書館で初めて『イージーライダー』のビデオを観て、この曲にぶっ飛ばされた。

Taize-Kyrie Eleison
2009年にフィンドホーンを初訪問した際に存在を知った、テゼ共同体によるもの。

Judee Sill – The Donor – Heart Food
2010年頃にジュディ・シルに夢中になっていたころ、毎日のように聴いていた。

Kyrie, Mass, by Steve Dobrogosz
最近、TITLE誌のCoffee & Music特集 (2007年11月号)を久しぶりに眺めていて知ったアーティスト。

「キリエ・エレイソン」とは「主よ、憐れみたまえ」の意。

さらにおまけ。一週間前のある朝、ファミマに寄ったら妙なコーラスが流れていて、思わず聴き入ってしまった。女性メンバーの踊りが変すぎてトラウマレベル (笑)。 季節外れだけど「卒業」もいい。どちらも絶賛リピート中。バレーボウイズ。

広告